ED:白月の祭灯
ハイカラシティ広場。ユリカは1度、近くのベンチに腰を落とした。
夜空を彩る花火の音が、遠くから聞こえてくる。広場に設置されたステージの上で踊るシオカラーズは、穏やかな曲調に合わせながら、大勢のイカたちに笑顔を見せていた。
やっぱり慣れないなあ、この格好。ユリカは浴衣の袖を上げて、苦笑する。フェスだからと意気込んだはいいが、正直動きづらくて仕方がなかった。
「ユリカちゃん!」
ピンクと緑の光が照らしている様子をぼんやりと眺めていると、自分の名を呼ばれた。
「みんな、あっちで待ってるよ。オレたちも行こうぜ」
声の主は、レイだった。甚兵衛姿で、こちらに微笑を向けている。ユリカはベンチから立ち上がって、レイの隣を歩いた。
「あ、来た来た」
「ユリカさん、レイさん、こちらですわ」
下駄の音を響かせ、ロビー前までくると、ライト、ヒメカが手を振って知らせてくれた。2人とも、やはり甚兵衛か浴衣を着ている。ヒメカに関しては、りんご飴まで持っている始末だ。
「みんな、フェスマッチはやったの? あたしは先に済ませちゃったけど……」
「俺たちはえいえんまで行ったよ。レイは?」
「まだカリスマだけど……みんながプライベートマッチをやるって言うなら、そっちに行こうかな」
のんびりと話している内に、入口の扉が開いた。
「どうしてまたあなたがいるのよ……」
「た、たまたまですよ! というか最近当たりキツくないっすか!?」
入口で鉢合わせたのは、祭り衣装に身を包んだサンゴとハヤテだった。
「どうしたの? 珍しく2人揃って……」
驚いたユリカは、思わずそんなことを口走った。
「まさか、『デ』の付くアレとか?」
「馬鹿じゃないの。そんなわけないでしょう」
レイが愕然とした様子で聞いたが、サンゴがぴしゃりと言い放った。
「み、皆さんとの待ち合わせに行こうと思ったら、偶然ロビー内で会っただけっすよ!」
ハヤテが顔を真っ赤にして言う。すっかりにその気になってしまったらしい。サンゴがため息をつく様子を見て、ユリカはクスクスと笑うのを抑えられなかった。
「みんな揃ったの?」
それまで黙り込んでいたクローバーが、ぴょこっと顔を出す。彼女も他のガールと同じように、黒い浴衣を着ていた。
「うん。それじゃあ……またあとでね、クローバーちゃん」
ユリカはそう言うと、クローバーに笑いかけた。
「クロ、みんなのバトルを見て勉強するね! クロもできるようになったときに、少しでもみんなの役に立ちたいから……!」
クローバーが嬉しそうに話した。ヒメカの研究グループによると、つい先日、メラニズム個体でも色を変えることができる薬剤のテストに成功したらしい。クローバーがナワバリバトルに参加できる日も、そう遠くはないだろう。
「俺たちも、楽しみにしてるよ。もし分からないことがあったら、いつでも聞いてね」
ライトが優しく声をかけた。
「行きましょうか。混み始める前に入らないと、部屋が取れないかもしれないわ」
サンゴがそう言うと、踵を返す。ユリカもすぐについていった。
「……ねぇ、サンゴちゃん」
ロビー内に入る寸前、ユリカはサンゴに話しかけた。
「どうかしたの?」
サンゴがユリカに聞き返す。ユリカは目線を泳がせた後で、思いきって聞いてみた。
「あの……サンゴちゃんって、本当はどんな名前なのかなって。この前言ってたことを思い出して、ちょっと気になったから」
途端に、サンゴが目を見開く。ユリカは目を伏せて、サンゴの浴衣を見た。白地に、蜜柑柄。何となく、サンゴらしいなと思った。
「…………耳を貸して」
思いがけないサンゴの言葉に、ユリカは顔を上げる。耳元に、サンゴの手が触れた。
「2人とも、置いていっちゃうよ~!」
待ちかねた様子のレイが、遠くでユリカたちを呼んでいる。
「あ、うん! 今行く!」
呆然としていたユリカは、急いでそちらへと向かう。サンゴも隣で走っていた。
元の名前も可愛かったけど……やっぱり、『サンゴちゃん』は『サンゴちゃん』のままでいいや。ユリカはそんなことを考えながら、部屋に入る皆の後ろをついていく。
白月はあの日と同じように、綺麗なままだった。
Fin.