03:駆け出し
『ごきげんイカがですか? ハイカラニュースの時間だよ!』
『こんちゃ~、シオカラーズで~す』
『今朝のニュースはこちら! ――――』
ハイカラシティのビルに取り付けられた巨大モニター内で、人気アイドルユニット『シオカラーズ』が元気よく報道を始める。ユリカたちはそれを尻目に、バトルドージョーの前で難しい顔をしていた。
「で、本当にいけるんだよね?」
ライトが腕を組んだまま聞いた。
「というか、それしか思いつく手段が無いんだよね。上手く伝われば良いんだけど……」
ユリカはそう言うと、軽く唸った。
「でも、何かしら事を起こさないと、何も始まりませんわ。もし駄目であれば、後で次の策を考えればいいですし」
ヒメカの言葉を聞いて、皆「それもそうだね」と頷いた。
「そろそろハイカラニュースが終わるな」
レイがモニターに目をやって言った。丁度、ガチマッチの第2ステージが公開され、それについてシオカラーズが喋り始めるところだった。
「ところでヒメカ、昨日言ってたことなんだけどさ……」
ヒメカの疑問を遮って、ライトが話しかけた。
「そういえば、近いうちにフェスがあったよな。ユリカちゃんはどっち派?」
レイがユリカに話を振る。モニターに集中していたユリカは生返事をした。
「ユリカ、ちょっといいかな」
突然ライトに呼ばれ、ユリカはそちらを振り向いた。
「ヒメカが昨日、俺に興味深い話をしてくれたんだけど……」
ユリカはライトの話を半分受け流しながら、尚モニターに意識を向けていた。
「……で、その白いインクを持つ『アルビノ』の真逆が『メラニズム』。こっちはインクの色が真っ黒なんだってさ。滅多にいないらしいんだけど……ユリカ?」
ライトに再び呼びかけられ、ユリカは飛び上がった。
「え、何?」
ユリカは慌てて取り繕ったが、ライトが珍しく眉間に皺を寄せていることから、不審がられているのは明白だった。
「ご、ごめん! シオカラーズが気になって、つい……」
「あたしたちが、どうかした?」
不意に話しかけられ、ユリカはそちらを見た。
「やっほ、久しぶり! えっと……名前何だっけ?」
ユリカのそばには、ぶかぶかのコートとサングラス、更にニット帽といういかにも奇妙な格好をしたピンク色のイカが立っていた。
「シ、シオカラーズ! どうしてここに……!?」
ユリカは驚きのあまり叫んだが、目の前にいた同じような格好をしている黄緑色のイカに口を抑えられた。
「シーッ。声が大きい」
ホタルが藻掻くユリカを抑えながら、マスクの下から押し殺したように言う。
「で、でも、2人はさっきまで番組に出てたんじゃ……」
ライトがモニターを見上げて言った。今はスポンサーのCM(アロメの新商品! これを履いてカジキのように素早くステージを駆け巡ろう!)が流れている。
「だから大急ぎでここに来たんだよ。今日はあっちで色々…………」
アオリが話し始めたが、ホタルの咎めるような視線を見た途端、目を泳がせた。
「……色々とスケジュールが詰まってるからさ! ほ、ほら、近々フェスもあるし、このあともハイカラシンカの練習……」
「『あっち』って、タコツボバレーのこと?」
やっとの思いでホタルの手を押しのけたユリカは、単刀直入に聞いた。その瞬間、アオリが口をつぐむ。気まずい空気が辺りに漂い始めた。
「……悪いけど、アタシたちはアンタらの質問に答えることはできないんよ」
沈黙を破って、ホタルが言った。
「サンゴにもちゃんと言っておかなきゃ。まさか、フレンドにあのことを教えるなんて……一般人が入ったら危険だって、あの子が一番分かってると思ってたのに」
アオリがため息をついて言った。
「それは違うよ! サンゴちゃんは、ずっとあたしたちに自分がヒーローだってことを隠そうとしてた!」
それを聞いたユリカはすかさず反論した。
「あたしたちが知りたがったとき、サンゴちゃんはあたしたちから離れようとしてた。でも、放っておけなかった……サンゴちゃんだけが苦しんでるのなんて、絶対おかしいと思ったから」
ユリカはアオリとホタルの目を見て更に続ける。
「あたしたちはタコツボバレーのことも、そこでサンゴちゃんが何をやっているのかも全部知ったあとで、助けたいと思った。けど、サンゴちゃんはまだ1人で戦おうとしてるんだ。だから、あたしたちは2人に会いに来た。2人なら、もしかしたらサンゴちゃんを説得できるんじゃないかな?」
ユリカは最後、懇願するように言った。アオリとホタルは話を一通り聞いた後、顔を見合わせた。
「……分かった。ついといで」
やがて2人が頷くと、ユリカたちを手招いた。ホッと一息ついた後、ユリカは皆に目配せする。それから、歩き始めた2人の後を追った。
「そういえば……今日はいらっしゃらないですわね、ハヤテさん」
ヒメカが辺りを見回して言った。
「呼ばなかったのかい?」
「だって、実際にシオカラーズに会ったら、大騒ぎすると思って」
ライトとユリカは耳打ちで言葉を交わした。
「ここでストップ。ちょっと待ってて」
金網蓋のマンホール前まで来ると、アオリが手を差し出してユリカたちを止めた。ユリカたちが不思議そうに見守る中、アオリは通信機のようなものをコートのポケットから取り出す。
「あ、サン……じゃなくて、3号? 今どこらへん? ……あれ、聞こえてる?」
「アオリちゃん、受話器逆」
アオリとホタルが『受話器』と呼んだ通信機に向かって話しかけた。
「あっほんとだ! これでいいかな。…………ん?」
アオリが受話器を耳につけたまま首をかしげると、突然耳元から受話器を離してブンブンと強く振り始めた。
「どうしたん? 故障?」
ホタルが聞いた。
「そうかも。なんかずっとザーザーって音がしてるし……」
アオリがしかめ面で受話器を見下ろして言った。
「なぁ、今声がしなかったか?」
レイが受話器を指差した。
「ごめん、1回貸して!」
「あ、ちょっと!」
ユリカはすかさずアオリの手から受話器を取った。
「サンゴちゃん?」
ユリカは受話器に向かって話しかける。予想以上にノイズが酷く、それ以外は何も聞こえない。
『……キ…………キンキュウ…………!』
ユリカが諦めかけたその時、受話器から甲高い声がした。
「サンゴちゃん? サンゴちゃんなの?」
ユリカは必死で聞く。周りにいたイカたちも、その様子を見てユリカの近くに寄った。
『………………』
しかし、相手はユリカの問いに答えることなく、ピーッという電子音と共に通信は途絶えた。
「ユリカちゃん……?」
力なく受話器を下ろすと、レイが恐る恐る聞いてきた。
「『緊急』……だって…………」
ユリカはシオカラーズに向き直った。
「サンゴちゃんが危ない!」
ユリカはヒステリック気味にそう叫ぶ。すると、シオカラーズがすかさず頷いた。
「助けに行かんとね。今すぐに」
「みんな、一緒についてきて」
「! いいんですか……?」
アオリの言葉に、ライトがひどく驚いて尋ねた。
「何言っとるの。アンタら、サンゴ……3号の友達っしょ?」
ホタルがマスクを外し、ニヤッと笑いながら言った。
「友達を助けたいのに、それを止める必要がある? それに、人数は多い方が良いに決まってるもんね!」
アオリが腰に手を当てて、フフーンと得意気にしてみせた。
「みんな、ブキとインクタンクの準備はいい? すぐにあっちに向かうよ……」
アオリが説明を始める。ユリカたちは一言一句逃すまいとして、真剣な眼差しをアオリに向けた。
「よし、順番に飛び込んで!」
説明を終えた途端、ホタルがマンホールを指差して指示を出す。その瞬間、皆がマンホールに駆け出した。
「ユリカさん!」
ユリカも遅れを取らないように走り出そうとした瞬間、突然後ろから声をかけられた。
「は、ハヤテ君!」
ユリカは振り向くと、すっかり戸惑っている様子のボーイに話しかけた。
「何かあったんすか? あと、後ろのいかにも怪しい人たちは一体……?」
ハヤテがおどおどして聞いてきた。
「この子は?」
ホタルが眉をひそめて聞く。
「あたしたちのフレンドだよ。マンホールの秘密も知ってる」
ユリカは言葉少なに説明した。
「ちょうど良かった。ハヤテ君、ブキは持ってる?」
ユリカの質問を聞いて、ハヤテが勢いよく頷いた。
「バッチリっすよ! いつでも戦えます!」
ハヤテが意気込んだ。
「うん、大丈夫みたいだね。……この子も来ていいよね?」
ユリカが振り向いて聞いた。アオリとホタルは同時に頷いた。
「時間がない。このまま一緒についといで」
ホタルがそう言うと、踵を返してマンホールへと向かった。アオリもそれに続く。
「ハヤテ君、あたしの次に飛び込んで!」
ユリカは指示を出して、2人の後を追った。そして、イカ形態になると、マンホール内にアタマから突っ込んだ。
「じいちゃん! 3号は?」
ユリカはマンホールから飛び出すと、アオリのそばへ駆け寄った。
「おお、1号に2号。3号の友達を連れてきたのはおヌシらじゃったか」
アタリメ司令が呑気に話し始める。サンゴからの連絡は聞いていないようだ。
「おじいちゃん、アタシら急いでるんよ。3号は何番のヤカンに向かったの?」
ホタルがもう一度、アタリメ司令に尋ねた。
「ふむ、3号なら3番のヤカンに向かったはずじゃ」
アタリメ司令が自分の髭を撫でながら言った。アオリとホタルは頷くと、一瞬でコートや帽子を脱いだ。
「みんな! マップを見て!」
2人はコートの下にヒーローギアを身につけていた。アオリがヒーローヘッズを耳にかけつつ、指示を出す。
「そこに番号が出てるでしょ。その『3』って書いてあるところに向かってスーパージャンプして!」
それを聞いて、ユリカはすかさずマップを取り出して確認する。数字があちこちに散らばったマップには、確かに『3』と示された場所も存在していた。
「じいちゃん、今回はこの子らも連れて行くよ。もしも危険な状態に陥ったら……そのときは、あたしたちが何とかする」
アオリがアタリメ司令に言った。
「分かった。気をつけて行ってくるんじゃよ」
アタリメ司令がアオリの真剣な眼差しに応えた。
「えええええええ!? シオカラーズじゃないっすか! どうしてここに……」
会話の直後、スーパージャンプで空へと跳び出したアオリを見たらしいハヤテが、ユリカの後ろで大声を上げた。
「ハヤテ君、今は説明してる暇がないの! いいから跳ぶよ!」
ユリカは現状の焦りとハヤテに対する呆れのあまり半ば怒鳴りながら、そちらを見もせずにハヤテと思われるものをむんずと掴んだ。
「わわっユリカさん! 乱暴は良くないっすよ!」
ハヤテが騒ぐのを他所に、ユリカはスーパージャンプをした。風の唸りと共に、「ぎゃああああああ!!」というハヤテのつんざくような叫び声が耳元で響く。
「ユリカちゃん、急いで! あとハヤテのゲソちぎれそうだから離してやって!」
ヤカンの近くに到着するなりレイにそう言われ、ユリカはようやく自分が握っているものがハヤテの結ったイカ足であることに気づいた。
「あっゴメン! てっきり腕あたりを掴んでるのかと……」
「い、いいっすよ……こう見えてもオレ、身体は割と丈夫な方ですから…………」
ユリカがパッと手を離した後で、ハヤテが誤魔化すように笑った。
「みんな来たね」
ユリカたちはホタルへと目を向けた。
「もう知っているんだろうけど……このヤカン型をした『転送装置』の先には、100年前にアタシらイカと地上のナワバリを奪い合った宿敵――――タコたちの住処があるんよ」
ホタルがヤカンを指差した。
「そこでは通常のナワバリバトルでは見られないようなギミックが沢山ある。敵もどんどん出てくるから、常に警戒を怠らないこと! それと……キミたちはあたしたちと違って普通のギアとブキで挑むから、敵に与えるダメージは小さくなるし、逆に受けるダメージは大きくなる。……そう、黒インクのときみたいにね」
アオリがユリカを見て言った。
「でも、一定回数やられたらここに戻ってこられるようになってるから、安心してね。ただ、もしタコたちに捕まったら、どうなるか……それはあたしたちにも分からない」
「そして今、3号はその危機にある。アタシたちの任務は音信不通になった3号の発見、そして救出。ええか? タコとそのインク、あとギミック以外のことは例え気になっても無視するんよ。あっちには見たことないものばかりだけど、気にしてたらキリが無いかんね」
ホタルがキョロキョロと辺りを見回しているハヤテを特に見ながら言った。
「転送された瞬間、インクの色は統一される。あとはやっていく内に覚えるように。とりあえず、今は先を急ぐよ!」
アオリがそう言うと、蓋の代わりに金網がかけられたヤカンの中へイカ形態になって飛び込んだ。
「アタシが最後に入って後ろから狙撃する。みんな、先にヤカンへ」
ホタルが腕を回して急かす。ユリカはハヤテ、ヒメカの後に続いてヤカンの中へと入った。
「…………!」
途端に辺りが白い光で覆われ、シュンッという音が聞こえる。各マッチの待機室からステージへと向かうあの瞬間とさして違いのない感覚。瞼の裏がオレンジから黒に変わったとき、ユリカはゆっくりと目を開いた。
そこには未だかつて見たこともない、広大な景色が広がっていた。遥か先にある黄色い光、点々と生えている大小様々な青黒い植物。そして……目の前の地面を覆っている、紫色のインク。
「見て、オレンジ色のインク痕があるでしょ」
アオリが紫色に染まった地面の奥を指差して言った。ユリカの目にも細々としたものではあるが、確かにそれが見えた。
「あれは3号が塗った道だよ。つまり……」
「あの先に、サンゴちゃんがいるんだね?」
アオリの話を遮って、ユリカが言った。アオリが頷いた。
「後ろはアタシらに任せな。アンタらはただ、あのインク痕を見逃さないように注意しとって」
ホタルがヒーローチャージャーを構えて言った。ライトもその隣でスコープを覗く。
「ゴー!!」
アオリが拳を上げて言うと同時に、ホタルとライトのチャージャーからオレンジのインク弾が放たれる。その瞬間、ユリカ、レイ、ヒメカの3人はリスポーン・デバイスから出てインクに潜った。
「っ! 戻って!」
目の前でハヤテがヒト形態になろうとしたが、アオリにインクの中へと押し戻される。「ちょっまっ……がぼっ!」とハヤテが溺れかける声がする。それを気にかけることもなく、アオリが突然、近くの木に向かってヒーローローラーを振った。「ゴボポ!」という低い音。木陰から、何かが飛び出した。
「『タコプター』だ!」
アオリがそう言うと、すかさず次の一手を繰り出す。空中でふよふよと浮いていたタコプターは、その俊敏な動きに対抗できず、あっさりとローラーに叩き潰された。
「まだ残党が残っちょる……なるべく倒すかバレないように移動しながら、3号を探すんよ!」
ホタルが指示を出すなり、ユリカのそばにあった障害物に照準を合わせて撃つ。ユリカは慌ててそちらを見ると、裏に隠れていたらしいタコが、低い呻き声のようなものを上げて散るところだった。
「うええ……自分の色でも、インクは飲めるもんじゃないっす……」
ハヤテが口元を拭って、再びヒト形態に戻った。
「……! ハヤテさん、危ないですわ!」
後ろで見ていたヒメカが叫び、両手でハヤテの後頭部を押した。まだインクに両足が浸かっていたいたハヤテはバランスを崩して前に倒れ、またしてもオレンジインクに顔から突っ込んだ。間一髪、2人の頭上を、紫色の弾が掠める。
「そこっ!」
敵の位置をいち早く察したユリカは、弾の飛んできた方向にデュアルスイーパー・ポップを構えて撃つ。すると、紫インクの中から先ほどのタコプターよりも一回り大きい、ダイバーゴーグルのようなものを付けたタコが姿を現した。
「『タコダイバー』だよ!」
アオリの説明を聞きながら、ユリカはタコダイバーに弾を撃ち込んだ。5、6発目を受けて、ようやくタコダイバーは爆散し、姿を消した。
「おい、しっかりしろよな!」
レイがハヤテをインクの中から引っ張り出して言った。
「ず、ずみまぜん…………」
ハヤテがぐったりした様子で呟いた。
「敵の気配なし。このままなるべくインクに身を潜めて進むんよ」
ホタルが進行方向を指差して言った。
「『ジャンプポイント』発見! まずはあたしが行くよ」
アオリが円いインク溜まりのようなもののそばに来て言うと、その中にイカ形態のまま入る。次の瞬間には、次のエリアに向かって飛び出していた。
「アオリちゃん、敵はおる?」
ホタルがヒト形態に戻ると、ヒーローヘッズに向かって話しかける。それから頷き、口を開いた。
「この先にある『チェックポイント』のすぐ近くで、タコがウヨウヨしとるって。きっと3号も近くにおる」
ホタルがユリカに目線を合わせた。
「アタシが最後に行くけん、みんなどんどんジャンプポイントに入って」
話を聞いた全員が頷く。勢いよく大空に飛び出すイカたち。次に飛び込んできた光景を見て、ユリカは息を呑んだ。
見下ろしたそこは、先ほどいたエリアよりも更に広く、紫色に染まりきっている。そこにいるギョロ目の生物は周囲へ一切の警戒を怠ることなく、謎の機械に乗って規則正しく移動していた。
「壁も何も無い……これじゃあ、下りてる間に姿を見られちゃう!」
「仕方ない、一斉に落ちて! 空中から敵を狙うんよ!」
ホタルの指示を聞いて、アオリが「飛び込みよーい!」と叫ぶ。ユリカは慌てて床の端に立った。
「せーのっ!」
アオリがもう一度叫んだのを合図に、全員が空中へと身を投げ出した。ヒューッという空気を切る音。紫色の地面がどんどん近づいてくる。
あともう少しと思ったとき、突然真下のインク内から、ヒト型をしたタコと思われる者が姿を現した。
「『タコゾネス』!?」
アオリがすっかり慌てた様子で言う。こちらがブキを構えるよりも早く、タコゾネスは上に向けて照準を合わせた。
「させないぜ!」
ユリカの横で声がしたかと思うと、ダイナモローラーテスラを握ったレイが、誰よりも速く落ちていくのが見えた。レイがブキの重みに任せて大きく振ると、真下にいたタコゾネスは大量のオレンジインクをアタマから被る。途端にタコゾネスが悲鳴のような声を上げて、跡形もなく消え去った。
「レイ、そのまま屈んで!」
ライトが後方から声を張り上げる。レイの両脇から、2匹のタコダイバーが姿を現した。タコダイバーたちはレイに向けて弾を撃つ。しかし、レイが指示通りしゃがむと、容易にかわすことができた。
「このっ!」
隙を逃さず、ライトがタコダイバーに斜線を向けて撃った。弾はタコの眉間(があるのかどうかも定かではないが……)に的中し、後にはオレンジ色のインク痕だけが残った。
「こっちのタコさんは私が!」
ヒメカがヒッセンヒューを脇に抱えてから、中のインクをタコの頭上にぶちまけた。続けてヒメカがブキを振ると、タコは弾け飛んで消えた。
「みんな! このままエリアのタコ殲滅を始めるよ!」
アオリが地面に着地すると、手を前に突き出して言った。すかさず、ユリカたちは前方へ躍り出る。
「行くっす!」
ハヤテが叫ぶと、パブロを構えて走り出した。
「ちょっと! 何処に敵がいるのかも分からないんだよ!?」
ユリカはハヤテの背中に向かって言った。だが、ハヤテは聞いている素振りを見せない。
「仕方ない……後を追うよ!」
ホタルがそう言うと、チャージ弾を放ってそのインク内に潜り込んだ。ユリカもその後ろをついていく。
「……! 2人とも止まって!」
後ろからレイが叫んだ。
「なんね!?」
ユリカとホタルはヒト形態に戻って急ブレーキをかけた。
「ホタルちゃん、後ろ!」
アオリが叫ぶより速く、ユリカは動いていた。ホタルに突っ込み、その背中を押す。2人の頭上を掠めた弾は、それまでタコたちが放ってきたどれよりも鋭く、強烈だった。
「『タコスナイパー』!」
「こんな何もないとこであんなのに狙われたら、ひとたまりもないよ!」
2人は背中を合わせて周囲を見回す。しかし、タコスナイパーの姿は見当たらない。
「あそこですわ!」
ヒメカが遥か上を指差した。ユリカは細長い高台のてっぺんに、他のものと比べてやや大ぶりなタコを見つけた。
「まずいぞ……」
ライトが真っ青な顔をして言う。タコスナイパーが見ているのはユリカたちではなく、そのずっと先を行くハヤテだ。
「ここからじゃ届かない……!」
ホタルが歯ぎしりした。そうしている間に、タコスナイパーは狙撃の準備を整え、ハヤテを追うようにして斜線を向けた。
「ハヤテ君、逃げて!」
ユリカはありったけの声を振り絞って叫んだ。
ふと、ハヤテが走るのを止めてこちらを振り向く。次の瞬間、タコスナイパーの銃口から、紫の弾丸が撃ち放たれた。