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05:勘違い

「それで、オレになんの恨みがあってあんなモンぶつけたんだ?」
「本っ当にすみません! わざとじゃないんです!」
 シンジが何時にも増して凄い剣幕でハヤテを怒鳴りつけた。ハヤテはと言うと、今にも泣き出しそうな表情でペコペコとアタマを下げている。
「ま、まぁまぁ……一旦落ち着こう?」
 ライトが2人の肩に手を置いてそう言うが、口の端が不自然に上がっている。ユリカとレイも必死で笑いをこらえていた。ハヤテが天井に投げたはずのスプリンクラーがどういうわけか、その横を行くシンジの後頭部にドンピシャで当たったのだ。誰だって笑わずにいられないのは当然だろう。
「フン。しかし、こんなんじゃいくらナワバリバトルをやったって、上手くなるわけがねぇ」
 シンジがそっぽを向いて言った。
「それもそうだね……じゃあ、先に試し撃ち場で練習するっていうのはどう?」
 ユリカはライトの隣で提案した。
「いいじゃんそれ! 試し撃ちなら、自分のペースでできるもんな!」
「それじゃ、オマエらがソイツに教えてくれ。生憎、オレは撃ち合い専門なんでね」
 レイが必死に明るい調子で言う中、シンジが相変わらず突っぱねた態度でそう言い放った。
「あ、ちょっと! ……行っちゃった」
 ユリカが止めるのも聞かず、シンジはずかずかとロビー入口へ入っていった。
「どうする?」
 レイが小声できいてきた。
「こうなったら、みんなで試し撃ち場に行くしかないよね……」
 ユリカはそう言って、ハヤテを見る。すっかり気を落としたようで、浮かない顔で自分のクツ先を見つめている。
「大丈夫。ハヤテさんならきっと、上手くなれますわ」
 ヒメカが優しく声をかけた。しかし、ハヤテは相変わらず俯いたまま、僅かに頷いただけだった。

 その後、ユリカたちは試し撃ち場を訪れた。
「まずは何から始めるべきかな……」
 ユリカは口元に手を当てて呟いた。というのも、ハヤテの問題はノーコンスプリンクラーだけではなかった。メインウェポンの特徴を把握しきれていないことや、フデの振り方、スペシャルウェポンを使用するタイミングなど……正直に言ってしまうと、あらゆる面でイカしていない。唯一良いところがあるとすれば…………。
「なぁハヤテ、もう1回走ってみてくれよ。あんなの見たことないぜ!」
「わ、分かったっす。行きますよ……」
 レイが頼むと、ハヤテはパブロの先端を地面につけて構える。「それっ!」次の瞬間、壁に沿って物凄い速さで駆け出した。
「クツじゃなくて『アシ』の速さかぁ……」
 ユリカはすぐそばでブレーキをかけて止まったハヤテを見ながら、少し唸った。
「これじゃ、ヒト速アップ……じゃなくて、『フデ速アップ』を付けてるみたいだな! ローラーでも速いのか?」
「オレも分からないっす……試してみましょうか?」
「じゃあダイナモで!」
「あ、いやそれはちょっと重すぎ……」
 ユリカが悩んでいる間に、ハヤテは色んなローラーを試していた。ホクサイも速かったが、カーボンローラーとスプラローラーは気持ちだけ、という感じであまり大差ない。持っていないからと、レイから借りたダイナモローラーテスラは、案の定重すぎて非力なハヤテには持ち上げるどころか押し転がすことも難しそうだった。
「ローラーでも速いならまだ希望はあったけど、これだとあまり意味ないな……」
 顔を真っ赤にしてダイナモを振り上げようとしているハヤテを見ながら、レイがアタマを掻いた。
「とりあえず、このあとシンジとナワバリバトルをすることも考えて、先にサブウェポンを何とかした方がいいと思うな。またぶつけたら今度はリスポーン地点から出れなくなりそうだし」
 ライトがハヤテの背後からダイナモを取り上げて言った。持ち上げたのはいいが、危うく反り返るところだったのだ。
「ハヤテさん、こちらに持ち替えて、スプリンクラーを出してくださいます?」
ヒメカが預かっていたパブロを渡した。
「は、はい! ……こうですか?」
「いいですわ。では、実際にあの金網に向かって投げてみてください」
 ヒメカが1番近くに設置された金網製の床を指差す。
「了解っす! それっ!」
 ハヤテがスプリンクラーを持った腕をグルグル回したかと思うと、そのまま勢いよく投げ出した。スプリンクラーは宙を舞って高く、高く……。
「……なんで後ろに飛ぶの!?」
「え、あれ? すっごく高く飛んだのに!?」
ハヤテが投げたスプリンクラーは、丁度本人の真後ろの床に設置されていた。そして、周囲の冷たい目も気にせず、インク弾を発射し始めた。
「ま、まずサブウェポンっていうのは高く飛ばすものじゃないんだよね……距離を競うわけじゃないし」
「うっ……確かに……」
「それと、投げ方もめちゃくちゃだから、思っているところへ飛ばない。まずは手を耳元に持ってきて、肘を地面と平行に……」
 ライトが身振り手振りでハヤテに投げ方を教える。ユリカたちもそれを見て、お互いに頷き合った。

「おりゃあー!!」
 もう100回は投げただろうか。ハヤテが意気込んで投げたスプリンクラーは、相変わらず標的からかなりズレた位置に張り付く。そして、パタパタと虚しい音を立ててインクを噴射し始めた。
「えっと……り、力んでるのかな? 力を入れるのは投げる瞬間だけでいいんだけど……」
ライトもお手上げの様子だ。助けを求めるようにこちらを見てきたが、ユリカは腕を組んで首を振ることしかできなかった。
「こ、こうなったらいっそのこと、メインウェポンを鍛えた方がいいと思いますの。ほら、ハヤテさんはあれだけ速く動けるんですもの、きっとフデ使いなら……」
 すっかり気を落としてスプリンクラーを弄び始めたハヤテを見て、ヒメカが提案した。
「……やっぱりオレ、作戦は辞退するっす」
 少しして、ハヤテがスプリンクラーをいじくりまわしながら言った。
「え!? そ、そんなのダメだよ! 折角頑張ってるのに……」
「じゃあ、オレのせいで作戦が失敗してもいいんですか?」
「それは……」
 ハヤテが強い口調で言い放つ。ユリカは咄嗟にその答えを見つけることができなかった。
「それに……この時間だって、皆さんにとっては無駄になってるはずです。オレに構う暇があるなら、作戦を考えたり、ナワバリバトルで特訓してる方が絶対に得じゃないですか」
「まぁ、そりゃそうだな……」
 レイが小さく頷いたのを見て、ユリカはレイの脇腹に軽く肘をぶつけた。
「で、でも! 誰だって最初は下手だし、そんなに気にすることないと思うよ。初心者なら、これから上手くなっていけばいいんだし」
 ユリカは優しい口調でハヤテに話しかけた。誰かに背中をつつかれた気がした。
「……やっぱり、皆さんにとってオレは『初心者』なんですね」
 ハヤテが俯いて言うと、途端に駆け出す。そして、ユリカたちが止める間もなく、ハヤテは試し撃ち場から姿を消した。
「どうしよう……!」
「俺、探してくるよ。……教え方が悪くなければ、こうならなかったはずだし」
 動揺するユリカを見て、ライトが言った。ユリカはそれを聞いて頷くと、すぐに試し撃ち場の扉へと向かっていくライトの背を見送った。
「で、オレたちはどうする?」
 レイがアタマを掻いて言った。
「できることなら一緒に探して話したいところだけど……ここは1度、ライト君に任せた方がいいかも」
「では、私たちはシンジさんのところへ行きましょう。この状況とは言え、私たちの目的は変わらないですもの。できることはしておいた方がいいですわ」
 ユリカは頷くと、デュアルスイーパー・ポップを傍に置いてあったブキケースにしまい始めた。

まったく、なんて馬鹿なことをしたんだろう……。
 ブイヤベースのフク屋『サス・オ・ボン』前で、ハヤテは大きなため息をついた。首元で、さきほどアタマから下げたパイロットゴーグルが揺れる。
「戻らなきゃ……」
 でも、なんて謝ればいいのだろう? ユリカさんたちには呆れられてしまったに違いない。いや、元から自分は邪魔だったのかも。だとしたら、本当にこれで……。
「違う違う! そうじゃなくて……」
「何が違うの?」
 突然後ろから話しかけられて、ハヤテは飛び上がった。
「さ、サンゴさん! どうしてここに……?」
「どうしてって……私だって買い物くらいするわよ」
左手に紙袋を下げたサンゴが、怪訝そうな顔をした。
「それより……ユリカたちはどうしたの? 今日は皆でナワバリバトルに行っていると聞いたのだけれど」
 サンゴに聞かれ、ハヤテは息を詰まらせた。
「じ、実は…………」
 ハヤテは先ほど自分が練習中に飛び出してきてしまったことをサンゴに話した。
「へぇ……そういえばあなた、タコと戦ったときも後ろに投げてたものね」
 何気ないサンゴの一言が、ハヤテの胸に突き刺さった。
「で、でも……こんなの、自分勝手ですよね。だから、ちゃんと謝りに行こうって思って……」
 ハヤテは居心地が悪くなりながらも、サンゴを見て言った。すると、サンゴが考え事をするように、目を閉じる。
「……別にいいじゃない。謝らなくたって」
 少しして、サンゴが言った。
「……は?」
 ハヤテは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「理由が何かは分からないけど……あなた、思わずその場からいなくなりたいほどに嫌な思いしたんでしょ? だったら、寧ろ相手に謝ってもらうべきだわ」
「そ、そうじゃなくてですね……オレ、折角の練習を抜け出した……」
「じゃあ聞くけど、その練習もあなたが自分でやりたいって言ったの?」
「それは……」
 ハヤテがどもるのを聞いて、サンゴがため息をついた。
「でしょうね。だって、私が勝手に彼にお願いしたんだもの。もしかしなくても、あなた今までも、そうやって周囲から思い込みをされてきたんじゃない?」
 サンゴに指摘され、ハヤテは頷く外なかった。
「あのね、自分の考えはハッキリ述べなさい。でないと、この先きっと後悔するわよ。特にあなたみたいに馬鹿正直で無駄に元気が良いと、『あの人は大丈夫なんだ』って思われっぱなしで、色々と不憫な扱いを受けることになる」
 サンゴが「もう既に散々言われてるけれど……」と付け加えた。
「とりあえず、作戦も無理に参加する必要は一切ないから。どうするかは自分で考えなさい。もしやめるというなら、私が皆に連絡しておいてあげるわ」
 サンゴがそこまで言うと、ハヤテを品定めするように見つめてきた。
「オレは…………」
 ハヤテはしばらく戸惑っていたが、決意を固めると、サンゴと目を合わせた。
「やっぱり、戻って練習します。今ここで逃げたら、きっと後悔する」
 ハヤテの言葉を聞いて、サンゴが頷いた。
「ちゃんと全部話すのよ。……丁度迎えも来たみたいだし」
 サンゴがハヤテの後方を指差して言った。見ると、ライトがこちらへ駆けてくるところだった。
「ハヤテ! こんなところにいたのか……」
 ライトがホッとしたような表情をして言った。ハヤテは自分が心配されていたと知って、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
「ありがとう、サンゴ」
「いいえ。私も彼と話したかったところだったから。それじゃあ、もう行くわ」
 サンゴが手を上げると、広場の出口へと向かった。
「あ、あの……」
 ハヤテはどもりながら、遠慮がちにライトの顔を見上げた。
「ハヤテ…………その、ごめん!」
 ライトがアタマを下げたことがあまりにも予想外で、ハヤテは目を丸くした。
「俺、あまり人に教えたことがなくて……何回もやってできなかったら自信を無くすのは当たり前なのに、それに気づかないで同じことばかり言って……」
「ライトさん……! あ、アタマを上げてください!」
 ハヤテは慌てて言った。自分でも顔が赤くなっているのが分かるほど、火照っていた。
「オレの方こそ、ごめんなさい。勝手に抜け出して……で、でも、これだけは分かって欲しいっす。実は……」
 ハヤテはライトが顔を上げた瞬間を見計らって、話しだした。
「……実はオレ、初心者でもなんでもないんです! ハイカラシティに来てからもう随分経つしナワバリバトルも毎日やってるんですけど、どうも苦手で……でも、オレちっちゃいし、こんな喋り方だから周りからいつもビギナーだと思われてて……正直、悔しいし、何よりそんな目で見られてることが辛くて……」
 ハヤテは尻すぼみに話を終えた。誰かに自分の悩みを告げたことがなく、段々と恥ずかしさに苛まれた。
「え、知ってたよ?」
「はい?」
 ライトの思いがけない一言に、ハヤテは驚きを隠せなかった。
「俺も最初はハヤテのことを初心者だと思っていた。けど、何回かナワバリバトルをしている内に分かったよ。逃げ道を作ったり、敵チャージャーの射線を誘導させたり、逆に味方が弾を当てやすいように位置を変えたり……あそこまで味方に気を配る立ち回りができる人は、上級者でもそうそういない」
 ライトがハヤテのアタマを軽く叩いた。
「それをスコアに出ないからって『初心者』呼ばわりされたら、誰だって腹立つよな。だから、ユリカがハヤテにそう言ったとき止めようと思ったんだけど…………」
 「それに、試し撃ちで色んなブキ持ってたしな」。ライトがそこまで言うと、苦笑して頬を掻いた。ハヤテは最初、唖然としてライトを見つめていたが、やがて目を潤ませて、ライトに抱きついた。
「うわああああああん! ライトざあああん!!」
「は、ハヤテ!? どうして泣くんだ?」
 ハヤテはライトが動揺するのを他所に、嗚咽混じりに叫んだ。
「うぅ……だ、だって! 誰も気づいでぐれでないど思っでだから! 初めで……ナワバリバトルのこどで褒められだがら……!」
 ハヤテは鼻を詰まらせながら、ライトの胸元でそう言った。ライトが着ているイカノメTブラックの裾を、皺ができそうなほどに強く握り締めた。
「そうか……」
 ライトがそれだけ言って、ハヤテのアタマに優しく触れた。ハヤテはもう1度、ライトのフクを強く握った。

「……オレ、前にそのことですごく悩んでたとき、色々と事件を起こしてた組織に誘われたこともあったんです……平等なナワバリバトルを作ろうって」
 ひとしきり泣いたあと、ハヤテはライトとそばのベンチに座った。
「でも、寸前で思いとどまったんです。自分はまだまだだって分かっていたし、どんな理由があってもブキをナワバリバトル以外で使っちゃいけないと思ったから」
 ハヤテはニコッとライトに笑いかけた。ライトも微笑んだが、目元はキャディサンバイザーのつばが影になって見えなかった。
「思えば、そこで気持ちが揺らいだだけでも弱かったんだなって、後になって気づきました。逆にその人たちを倒したっていう方々はきっとめちゃくちゃ強いし、イカしてるんだろうなあ……」
「そうだね。……でも、『クロサメ』の勧誘を断るのも、相当勇気がいることだと思うよ」
「そうっすかね……そういえば、ライトさんたちは黒いガールを追いかけてるんでしたっけ……?」
ハヤテはそこまで言うと首を傾げて、おもむろにイカスツリーの方へと目をやった。
「あれ……ロビー前に人ごみができてるっす。何かあったのかな?」
 ハヤテが呟く隣で、ライトがイカスマホを取り出した。
「もしもし、レイかい? うん…………何だって!?」
 ライトが驚く声を聞いて、ハヤテは思わずそちらを見た。
「分かった。すぐに行くよ」
「何かあったんですか?」
 ハヤテはライトが通話を切った後で、尋ねた。
「……黒いガールが見つかった。でも、タコツボバレーに逃げ込んだらしい」
 ライトが立ち上がると、ハヤテを見た。
「一緒に来るかい?」
 ライトの問いに、ハヤテは迷うことなく頷いた。
「勿論っす!」
ハヤテは立ち上がると、首に下げていたパイロットゴーグルをアタマにかけ直した。

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