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07:真実、そして

 数日後。ユリカ、レイ、ライト、ハヤテの4人は、Bバスパークでナワバリバトルをしていた。
「えいっ!」
 ユリカのすぐ近くで、ハヤテがスプリンクラーを投げる。昨日とはうって変わり、綺麗な弧を描いて、しっかり前に飛んだ。
「いいぞ!」
スプリンクラーが中央高台のど真ん中に設置されたのを見て、レイが後ろから声をかける。ハヤテがアタマを掻いて、ちょっぴり嬉しそうな表情をした。
「あたしはこっちに行くね。ライト君とハヤテ君はそれぞれ各通路の監視をお願い。レイ君は中央で敵陣の制圧を」
 ユリカは右側の平地に降りてから、3人に指示を出した。3人が頷いて、それぞれのポジションに向かう。
「このブキも久しぶりに持ったな……とりあえず、スプリンクラーはあそこに設置してみるか」
 ライトが独り言を言いながら、敵陣の通路へと向かっていった。右手にはN-ZAP89が握られている。ハヤテにサブ・スペシャルウェポンの使い方を教えるため、同じウェポンを持っていて、かつチームのブキバランスを崩さないブキということで選んだものだ。
「ハヤテ君、無理に突っ込まなくていいから、時折牽制のために、前線へ出てもらっていいかな?」
「了解っす!」
「それで、『トルネード』が溜まったら……」
 ユリカは耳打ちでハヤテに細かく説明した。
「どうかな、できそう?」
 ユリカは屈み、ハヤテの目を覗き込むようにして聞いた。
「ふむふむ……分かりました! 頑張るっす!」
 ハヤテが親指を立てて笑いかけてきた。ユリカは頷くと、敵陣の方に向き直った。
「それじゃ……行くよ!」
 ユリカはデュアルスイーパー・ポップを片手で突き出し、敵陣手前を目指した。

 それから少し経った後、ユリカたちは意気揚々とした様子で、イカスツリー外へ出てきた。
「ファイナルクリスタルダスト、決まったな!」
 レイがガッツポーズをしながら言った。
「流石にトルネードを3つも撃てば、簡単に塗り返せたね。機動力も中々あるし、意外と良い編成かもしれない」
 ライトが朗らかに言った。
「ハヤテ君、今回はとても良かったと思う。スプリンクラーもバッチリだったし」
 ユリカは自分のイカ足をサイドテールに結いつつ、微笑みかけた。
「オレ、こんなふうにチームで連携を組んだナワバリバトルなんて、やったことなくて、緊張しました……でも、すごく楽しかったっす!」
 ハヤテが目を輝かせて言った。ユリカ、レイ、ライトはそれを見て相槌を打つ。ここ数日で、ハヤテは確実にウデを上げていた。
「サンゴちゃんとヒメカちゃんは今日もいないんだっけ?」
「うん。2人とも、調べたいことがあるってさ」
 ユリカがそう言うと、レイがうなだれた。
「しょうがないよ。みんな、作戦を成功させようって頑張ってるんだし……」
 ユリカは先を言いかけて、口をつぐむ。すぐ近くで、見知らぬ大人のイカ2人がこちらを見ていたのだ。
「アー……君、ユリカちゃんだよね?」
 白シャツを着た一方がユリカに目線を合わせてきた。
「は、はい……」
「やっぱりそうなんだね! 実は僕ら、数日前にここで黒いガールを目撃した人たちを中心に、取材させてもらっていてね……それで、目撃者の1人から、ガールが君の名前を呼んでいたと言う情報を聞いて、気になったから探していたんだ」
 別の黄色いシャツを着たイカが、人の良さそうな顔を向けて言った。
「良ければ、当時のことについて詳しく教えてくれないかな? ユリカちゃんは勿論、他の子たちも」
「オレたちでいいなら答え――――」
 ユリカは開きかけたハヤテの口を手で塞いだ。
「ごめんなさい。あたしたちも詳しいことは分からないんです。取材したって、何の情報も得られないと思います」
 ユリカはキッパリと言った。うっかりタコツボバレーのことを話してしまったら、今回の作戦が全て無駄になってしまうと考えての言動だった。目線を横にやると、レイとライトがユリカに向かって頷いていた。
「じゃあ、何でもいいから知っていることを……」
「往生際が悪いよ、オッサンたち。こっちは知らないって言ってるんだ」
「それに、取材を取るなら普通、どこの出版社か言うでしょ。おじさんたち、本当に記者なの?」
 レイとライトが口々に言った。
「おいおい、疑ってるのか?」
「疑うに決まってんだろ!」
「当然だ。本当にそうなら、尚更話すことなんて無いよ」
 レイとライトが言った瞬間、白シャツイカがあからさまに不機嫌になった。
「あわわ……ケンカはダメっすよ!」
 ハヤテが2人の後ろから、声をかけた。今や白シャツイカは、仁王立ちで2人を睨みつけている。2人も眉間に皺を寄せ、鋭い視線を向けていた。
「こ、ここは穏便に事を済ませるためにも、質問に答えてもらえないかな……?」
 黄色シャツイカが相変わらず胡散臭い笑顔で言う。ユリカはこれが相手の狙いだったのだと、直感的に察した。
「2人とも、相手は大人だよ! 危ないからやめて!」
 ユリカは悟られないように2人を制すが、効果は見られなかった。
「いい加減に――――」
「そこの2人! 何をしているのですか!」
 ユリカが怒鳴りかけたそのとき、後方から聞き覚えのある声がした。
「ひ、ヒメカ様!?」
 黄色シャツイカが叫ぶのを聞いて、思わずユリカたちはそちらを振り向いた。
「ここ最近研究室にいないと思ったら……この状況がどういうことか、説明してくださる?」
 ヒメカがユリカたちに目も留めず、大人イカ2人に詰め寄ってきて言った。白シャツイカも今や真っ青な顔をして、後ずさりしている。
「す、すみません! 研究のヒントになるかもしれないと思って、状況を調べて……」
「それなら私が全て申し上げたでしょう! それとも、私のことが信じられなかったとでも言うんですの?」
「そ、それは……」
小さな黄色ガールに怯えている大人イカという、珍妙な光景を目の当たりにして、ユリカは目を擦った。
「とにかく、すぐに研究に戻りなさい! さもないと……」
 ヒメカがイカスマホを取り出そうとした瞬間、大人イカたちは「ひいい! それだけはご勘弁を!」と悲鳴を上げる。そして、ハイカラシティの出口方面へ、一目散に駆け出した。
「まったく……困った研究員たちですわ」
 ヒメカが腰に手を当てて言った。
「ひ、ヒメカちゃん……? 一体何がどうなってるんだ? つまり……あの大人イカたちとはどういった関係……?」
 レイが遠慮がちに聞いた。ユリカ、ライト、ハヤテも頷いて答えを促した。
「どういう関係? そうですわね……あの者たちは私の部下、と言ったところですわ」
 ヒメカが何でもないような顔をして言った。
「アハハ、部下って……なんか、ヒメカちゃんがお嬢様か何かみたいな言い方だね」
 ユリカはわざとらしく笑って言った。
「あら、まだ皆さんに申し上げてませんでしたか? 私のお父様は、バトロイカ社ともスポンサー契約を結んでいる財閥の、会長を務めていらっしゃる方ですのよ」
 ヒメカが目を丸くして言った。
「ええええええええええええええ!?」
 ユリカたちは驚きのあまり大声を上げた。
「じゃ、じゃあヒメカちゃんって……本物のお嬢様……」
「『御令嬢』とは言われることがありますが……世間的には、そうらしいですわね」
 ヒメカが涼しい顔で言った。
「そんなことより……あの作戦のことで、皆さんにお話しておきたいことがありますの」
ヒメカが「そんなこと」と言ったことにユリカたちは苦笑を隠せなかったが、誰も話を遮らなかった。
「でも、ここでその話をするのは気が引けますわ。1度、喫茶店にでも行きましょう」
 ヒメカが歩く後ろを、ユリカたちは緊張しながらついていった。

 カフェでヒメカが注文する様子を見て、ユリカはふとこんな庶民的なもので、果たして何処かの令嬢ともあろうガールが満足するのだろうか、などとぼんやり考えていた。だがその後で、彼女とは日常的にこのカフェで飲食を共にいるのだから、今に始まったことではないと気づいた。
「それで、本題に入りますが……」
 ヒメカが1度ティーカップを置くと、堰を切ったように話し始めた。
「実は私、『クロサメ』が事件を起こしていた当初から、黒インクには興味がありまして……知り合いの頼みも兼ね、黒インクの研究グループを設立していましたの」
 ヒメカがまたしても突飛な話をし始めた。ユリカたちは顔を見合わせる。
「本当はもっと早く皆さんにお話したかったのですけれど、予想以上に情報集めが手こずってしまいまして……成果が得られない内はグループ外部に語るべきではないと、研究員たちに言われていましたの」
「ということは……もしかして今日、何かしらの成果があったってこと?」
 レイが「マジかよ……」と呟いて天井を仰ぐのを無視して、ユリカは机から身を乗り出した。
「ええ。……とはいえ、皆様が想像しているようなものでは無いのかもしれませんが」
 ヒメカが俯く。ユリカは目を細めた。
「この情報は、あの黒いガールのことについて調べていたときに明らかになったものですわ」
 ヒメカがイカスマホを取り出すと、画面をユリカの方に向けて説明を始めた。ユリカたちはアタマを寄せて、その画面を覗き込んだ。
「彼女は『メラニズム』という、生まれつきインク色が黒い特殊な個体。セカイ中でも珍しいものですから、個人を特定することはそこまで難しいことではありませんでしたわ」
「これは、彼女の大まかな情報をまとめたものですわ」
 ヒメカが画面をスライドさせて表示されたページには、黒いガールの顔写真複数枚と、小さなイカ文字が並べられていた。ユリカは途端に『name:クローバー』という表記に目が行く。
「そして、これが彼女――――クローバーさんの経歴。簡単なものではありますが……それでも、彼女のことを知るには十分過ぎましたわ」
 ヒメカがそう言うと、画面から目を逸らす。ユリカは読み込むにつれて、喉を何か冷たいものが流れ込んでくるような感覚を覚えた。

――――『元より、『メラニズム』として生を受ける。当時から、そのインクには強力な占有力が見受けられたが、当人は無自覚であった模様』、『幼少の頃、他者に誤って自らのインクをけしかけ、疎外されるようになる』、『ヒト化するより以前に、ハイカラシティへ上京、その後の詳細は不明』、『ユーザー情報が確認できなかったため、少なくともバトロイカが管轄するナワバリバトルの経験は無と考えられる』……。
アタマの中で、資料の言葉が目まぐるしく回る。ベッドに身体を預けて、右腕で目を覆った。
ヒメカが見せてくれたクローバーの情報は、ユリカたちの彼女に対する認識を、大きく変えた。そして、セカイには自分たちと同じような、自由にナワバリバトルができるイカばかりでないことを、初めて思い知らされた。
――――みんな私を除け者にした! ユリカは思わず、唇を噛んだ。何も知らなかったとはいえ、あたしは……。
しかし、だからとはいえ、ナワバリバトルが奪われて良いわけではない。『クロサメ』がイカスツリーを占拠したときのことを思い出しながら、ユリカは自分の目に涙が溜まっていくのを感じた。あの時ほど、つまらなく、寂しい日々は無かった。皆同じ気持ちでいたに違いない。だからこそ、取り戻そうと躍起になった。
――――あの子をあたしたちの方へ連れ戻す……なんて無理なのかな。
 ユリカは全てのページを見た後でヒメカに聞いた。
「私もそうしたいところではありますが……それまでに彼女が負った傷の数、そしてその深さを考えると……とても現実的とは言えませんわ」
 ヒメカが目を伏せた。ユリカは無意識に、机に置かれた拳を震わせていた。
 すぐ横に置いてあったブキケース内から、イカスマホのバイブ音が鳴る。ユリカは寝返りを打ってケースのポケットをまさぐった。着信は、サンゴからのものだった。
『サンゴ:たった今、カンブリアームズから連絡があったの。1度、ブイヤベース前に来てもらえるかしら?』
 ユリカはその文面を暫くの間、見つめていた。あの『クローバー』というガールのことを思い出す。そういえば、あの子……あたしの…………。
 ユリカは弾かれたように立ち上がると、ブキケースを持って玄関へと向かう。その心には、かつて『クロサメ』と戦ったときと同じような、でも少しだけ色彩が違うような、決意の炎が揺らめいていた。

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