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10:彼方へ

 今日のナワバリバトルは、ショッツル鉱山で行われていた。
「行くっす!」
 ハヤテはいつものように、スプリンクラーを壁に向かって投げる。敵が見つけやすく、かつ処理をするには面倒なところ……塗りと囮という面で両立させるためには、完璧な位置だ。
 このまま前に出れば……!
 ハヤテはスプリンクラーより若干後ろの位置を塗ろうと、壁際から飛び出す。パブロを振りかぶり、目の前をチームの色――――ピンクで染め上げようとした。
「いっ……!?」
 しかし、気づけばハヤテはリスポーン・デバイス上にいた。一体、何が……? ハヤテが理解していたのは、敵の3Kスコープにやられた、ということだけだった。
 きっと、最初の動きを読まれてたんだ。ハヤテはそう考えると、再び中央へと向かう。
 それからステージが変わろうが、ハヤテは何度もその3Kスコープ使いに狙撃された。それも、自分が出ようと考えた矢先に、というのが殆どで、寧ろそれ以外のデス数は、比較的少なかった。
 数戦後、ハヤテは射線が視界の隅に入ってくることに、背筋が凍るような感覚を覚え始めていた。

「ハヤテ!!」
 大声で自分の名前を呼ばれ、ハヤテは飛び上がりかけた。
「させるか……っ!」
 ライトが前に出て、タコスナイパーに射線を向ける。スプラスコープから放たれたインク弾は、いとも簡単に敵を胡散させた。
「こっちよ……」
 まだ腰が抜けているハヤテを、誰かが半ば引きずるようにして、壁裏に移動させた。
「どうしたの? まさか、今更怖気づいたなんて言わないわよね」
 サンゴがハヤテの前にしゃがむと、威圧的に言い放った。ハヤテは息を呑むことしかできなかった。
「何があったのかは知らないけど……とにかく、ここで待っていなさい。敵は私たちでやっておくから」
 サンゴが困ったようにため息をつくと、立ち上がる。
 ――――自分の考えはハッキリ述べなさい。
 サンゴの背中を見てふと、ハヤテはその言葉を思い出した。
「あ、あの!」
 ハヤテはサンゴに呼びかける。いつの間にか、立ち上がっていた。
「何?」
 サンゴが怪訝そうな顔をして振り向いた。
「オレ……さっき、ナワバリバトルをしていたときに、チャージャーが怖くなったんです。だから、怖気づいたっていうのはあながち間違いじゃないんですけど……あ、えっと、だから戦いたくないわけじゃなくて!」
 ハヤテはサンゴが眉をつり上げたのを見て、大慌てで付け足す。
「サンゴさんたちは、それまでもたくさんの強い人と戦ってきたんですよね? 勿論、その中にはチャージャー使いもいるだろうし……そんな中で、チャージャーじゃなくても、他のブキが怖くなったことって無いんですか?」
 ハヤテの質問を聞いて、サンゴが口元に手を当てた。
「……私は、ブキを怖がったことはないわ」
 少しの沈黙の後、サンゴが答える。「やっぱり……」。ハヤテはうなだれた。
「でも、苦手なブキは何個かあるわよ。例えばそうね……ガロン系とか、スピナーとか」
 サンゴが顔を上げる。どうしてか、その表情は比較的穏やかだった。
「あなたが抱く感情も、何となく分かる。それはきっと、自分では対処できないと感じるからよ。でもね、ナワバリバトルはチーム戦なの。チームの中には、自分じゃできないことをできる仲間がいるはず。あなたは怖がる前に、それをしてみた?」
 サンゴの言葉に、ハヤテはハッとする。
「お、オレ……今まで、自分が遅れているからって、そのことばかり考えてました。でもそれって、サンゴさんの言うようなチーム戦はしていなかったってことですよね」
 ハヤテはパブロを握る手に力を入れた。何かが吹っ切れたような気がした。
「あなたがそう思うなら、そうなんじゃない? とにかく、チャージャーが怖いなら、私やユリカたちに任せてもらって大丈夫だから。そもそも、パブロにチャージャーを倒せっていうこと自体、中々ないわよ」
 サンゴがハヤテの肩を軽く叩くと、「そろそろ行くわ」と言ってその場を泳ぎ去っていった。
「……よーし!」
ハヤテはパブロを両手で持つと、大きく息を吸う。壁の横を紫の斜線が通ったが、自然と恐怖心は湧いてこなかった。

 ユリカはアタマにワカメを付けたデラタコゾネスと対峙していた。
「それっ!」
 インクタンクからスプラッシュボムを取り出すと、デラタコゾネスに向かって投げつける。相手がそれをかわした後で、同じようにこちらへ向かってスプラッシュボムを投げてきた。
「ユリカ、下がって!」
 後方からの指示が聞こえて、ユリカは後ろに飛び退く。
「行くわよ。サポートをお願い」
スプラッシュボムが爆発したのを合図に、サンゴがユリカを追い越した。
「フフッ……!」
 不敵な笑みを浮かべるデラタコゾネス。サンゴがクイックボムを手に持ち、突進した。
「甘いわ」
 まるで相手が避けることを予測していたように、サンゴが横へ跳んだ相手にボムを当てる。相手の表情が微笑から、歪みへと変わった。
「トドメを!」
「オッケー、任せてよ!」
 ユリカは青インクに足を取られているデラタコゾネス目がけて、インク弾を放つ。悲鳴のような声がした後、デラタコゾネスは青いインク飛沫を散らして消えた。
「ナイス」
「サンゴちゃんも!」
 ハイタッチをする2人の横に、スプリンクラーが設置された。
「サンゴさん、ユリカさん……オレが射線を引き付けるんで、あそこのタコスナイパーを倒してもらってもいいですか?」
 ハヤテがフデを引いてやってくると、何やら必死な様子で聞いてきた。目を丸くしたユリカの隣で、サンゴがクスクスと笑った。
「いいわ。……自分の役割、しっかり果たすのよ」
 サンゴが口の端を上げたまま言う。何だか楽しそうだ。
「勿論、あたしもやるよ!」
ユリカもつられて笑顔になる。
「はい! お願いするっす!」
 ハヤテが目を輝かせた。ユリカとサンゴは顔を見合わせ、アタマを縦に振った。

「なんか……物々しい雰囲気だね」
 ライトがアタマを掻く。ユリカたちがスーパージャンプで次に向かったエリアは、それまでのエリアと違い、まだ塗られていない。しかし、周囲は紫インクの沼で囲まれていた。
「奥に、道があるのね」
 サンゴが円形のエリアの先を指差して言った。細い道の上には、黒インクが点々と残っている。
「行こうぜ。もしかしたら、このまま突っ切れるかもしれないし」
 レイがそう言うと、銀色のパイプや電子回路のようなものが顕になっている地面に踏み込む。ユリカや他のイカたちもそれに続いた。
 すると突然、轟音と共に、沼が大きくうねり出す。ユリカたちが辺りを警戒していると、そこから数え切れない程のタコたちが姿を現した。
「フクロノネズミダナ」
 ユリカたちは一斉に、声のした方を振り向く。奥の道の前、円形エリア端に、1人のタコゾネスが立っていた。
「あのタコゾネス……他のとは明らかに違うわ」
 サンゴが静かに言った。ユリカも少なからず、それを感じていた。
「キサマラニハ、ココデツブレテモラウ」
 タコゾネスが笑ったかと思うと、手を挙げる。途端に、タコたちがこちらに銃口を構えた。
「みんな、一旦離れよう!」
 ユリカは前方に進んだ。
「そんな簡単にやられませんわ!」
 ユリカのすぐ近くで、ヒメカの叫ぶ声が聞こえてくる。ユリカは引き金に手をかけ、近くまで来ていたタコトルーパーを撃った。
「次!」
タコトルーパーが失せたことを確認すると、迷うことなく隣のバイタコトルーパーにインク弾を浴びせる。しかし、今度はタコポッドの邪魔が入った。
「オラァ!」
 レイの流れインクが、奇跡的に2匹を仕留めた。その瞬間、ユリカのイカ足が興奮したようにうねり始める。
「敵の数を確認するよ……! 『スーパーセンサー』!!」
ユリカはデュアルスイーパー・ポップを片手で突き出すと、黒いイカの形をした帯を何本も繰り出す。その数は……。
「嘘…………」
 ユリカは冷や汗が流れ落ちるのを止められなかった。
「沼の中まで……センサーが……」
 ヒメカが絶望的な声を上げる。敵を指し示す線は、もはや意味を成さない。ただ彼女らに、終わりが見えないことを報せるだけだった。
「これじゃあ、キリがない……!」
敵の数を確認したあとで、全員が中央に集まり、背中を合わせていた。
「ダカライッタダロウ、ココデツブスト」
 タコゾネスは、自身の勝利を確信しているようだった。
「……こうなったら、仕方ないよな」
 ユリカの隣で、レイが1度、ブキを下ろした。
「一体、どういう……?」
 ユリカはレイを見るが、レイは別の方向を見ていた。
「ライト、行けるか?」
「敵の数は相変わらずだけど……対処しきれないわけじゃない」
 レイとライトが頷くと、ユリカに視線を合わせる。
「オレたちがここで、タコたちの相手をする。ユリカちゃんや他のみんなは、先に進んでくれ」
 レイの言葉に、ユリカは首を振った。
「ダメだよ! そんなことしたら……」
「ユリカの言う通りよ。第一、あなたたち2人だけでは、機動力に問題があるわ」
 サンゴがそう言うと、目を閉じる。
「……でも、私がいれば、その点を補える」
 ユリカは驚いて、サンゴの方を向く。その表情は、いたって冷静だった。
「ユリカ、いいかい」
 ライトが真剣な眼差しで言った。
「おそらくこの先には、あのガールがいる。彼女は、君に少なからず興味を示していた。そして今日……君は、あの子を庇ったんだ」
 ユリカは息を呑む。ライトが更に続けた。
「そのことで彼女は、少なからず君に何かを感じたと思う。つまり、君はこのメンバーの中で唯一、あの子を救えるかもしれない存在なんだ。でも、彼女は今、完全に心を閉ざしてしまっている。ほうっておけば、取り返しのつかないことになるかもしれない。だから、そうなる前に」
「でも、あたしにはそんなウデマエ……」
「何も、ウデマエが全てじゃないだろ?」
 戸惑うユリカに、レイが笑いかける。
「『クロサメ』と戦ったときと、同じだよ。そもそも、バトルの上手さより大事なことがあるって言ったのは、ユリカちゃんじゃないか」
 ユリカは2人を交互に見た後で、サンゴに目をやった。
「私も、あの子のことは、あなたに一任したいの」
 サンゴがユリカの肩に手を置いた。
「心配しないで。必ず、追いつくから」
 燃えるような目が、ユリカを捉えた。
「……分かった」
ユリカは3人の思いを受け止め、首を縦に振る。
「ヒメカ、ハヤテ。あなたたちはユリカと一緒に、先へ行って」
「1人は危険ですもの。当然ですわ」
「サポート、全力で頑張ります!」
 サンゴが頼むと、2人は意気込んだ。
「オレの『トルネード』で相手を引き付けるよ。その間に、あの道を通って」
 レイがトルネードミサイルを背負うと、エリアの奥を指差す。ユリカとヒメカ、ハヤテはそれぞれのブキを構えた。
「3、2、1……ゴー!!」
 レイの掛け声を合図に、3人は前へ突き進む。すぐにタコたちがユリカたちに目を合わせてきた。しかし、狙い定めるより前に、レイのトルネードが3人を隠す。
「抜けた!」
「ニガスカ……!」
 タコゾネスの唸り声が聞こえた。しかし、ユリカは振り返らずに道の上を走り出す。
「あなたの相手は私よ――――」
 サンゴの声が聞こえたのを最後に、ユリカは暗闇の中へ飛び込んだ。

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