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EPISODE:02

 イカスツリー地下。かつて、ここはナワバリバトルに勤しむイカたちで賑わう場所だった。地上のロビーで受付をすませると、エレベータ式の床が動いて、待機室、ロッカールームなどが用意された地下へと誘ってくれる。しかし、今はこの地下の領域全てが、『クロサメ』によって占拠されていた。
「今日は雨か……しかも土砂降り」
「これじゃ、流石にシロツキの奴らも拠点制圧はできないだろうな」
 ペアルックのガールとボーイ――――ルナとレクスが言う。見るからに暇そうだ。
「あーもう、気兼ねなく出かけられないなんて、嫌になっちゃうね」
 アオイは部屋の中央に置いてある大きなソファにどっかと座り込むと、机の上で足を組んだ。
「リーダーはいつも自由すぎるんだよ。もう少し自分がクロサメのリーダーだって自覚を持って欲しいな」
 パイロットゴーグルをアタマに付けた青いガール――――ディアが腕を組んだ。
「アハハッ! アタシがヘマするとでも思ってるのかい?」
 アオイは思わずニヤッと笑う。つい昨日のことだ。特に何の目的もなく広場周辺を散歩していたら、シロツキのメンバー数人にばったり出くわした。相手がアオイの姿を見た瞬間、みるみるうちに般若のような形相になったのは見物だった。もっとも、散々おちょくり回した後で相手をリスポーンデバイスに送り返していなかったら、今頃アオイはここにはいなかっただろう。
「いくらリーダーでも、昨日のことはちゃんと反省してくださいね。あと、お行儀悪いと今日のお菓子は無しにしますよ」
 イカセーラーブルーを着た紫のガール――――エヴァが皿の乗った盆を持って、アオイの前まで来た。
「お、今日はどんなのだ?」
「だから、足を下ろしてもらわないとあげれませんよ」
 エヴァの後ろから、イカ足が一つに繋がっている水色のガール――――アイリスがぴょこんと顔を出した。アオイは「ハイハイ」と返事をすると、机から足を下ろした。
「で、今日はなんだ?」
「チーズタルトですよ。時間があったので、少し難しいお菓子にチャレンジしてみたんです」
 エヴァがにこやかに言うと、皿を置いた。円形のタルト生地の中に、綺麗な黄色をしたチーズケーキ。今回のお菓子も、とても美味しそうだ。
「リーダー、こういう日こそ作戦会議をするべきじゃないのか?」
 スプラッシュゴーグルを付けたボーイ――――クガがソファの近くに来ると、提案した。
「え? そうだな……とりあえず、これ食ってから考える」
 アオイは適当に言うと、早速チーズタルトに手を伸ばした。
「そういえば……物資調達組、帰ってくるの遅いな」
「仕方ないよ、大雨だもん」
 クガとアイリスが後ろで喋っているのを聞きながら、アオイは黙々とチーズタルトを平らげる。
「美味かった。……じゃ、アタシは試し撃ち場に行くから」
 アオイは立ち上がるや否や、すぐに部屋を後にする。後方から「リーダー!!」という怒鳴り声が聞こえたが、アオイはニヒヒッと笑うだけだった。

「えいっ!」
「お、いいじゃん。次はあっちの的を狙ってごらん」
 ロビーの部屋の1つに設けた試し撃ち場前まで来ると、中から声が聞こえてきた。
「よっ! トンビ、頑張ってるかい?」
 アオイは部屋に入るなり、テニスバンドをアタマに付けた黄緑のボーイ――――トンビに話しかけた。
「あ、リーダー! あのね、オウマさんがおれ、上手になったって褒めてくれたの!」
「そうか、そりゃ良かったな! オウマも、精進してるか?」
「俺はまぁ、トンビに教えてるだけだから……あ、そうだ」
 エイズリーバンダナを首にかけた紫ボーイ――――オウマが頬を掻いている手を止めた。
「俺さ、前から思ってたんだけど……リーダーと戦ってみたいんだよね」
 オウマがチラとアオイを見る。アオイはそれを聞いて、ニヤッと笑った。
「いいねえ……久しぶりに4VS4のナワバリバトルでもやるかい?」
 アオイはボールドマーカーネオを取り出すと、回して弄び始めた。
「よし、じゃあ……メンバー集めだな」
「メンバー確保は早いモン勝ちってことで……お先に!」
 オウマの提案を聞くと、アオイはすぐに部屋を飛び出した。
 とはいえ、オウマはトまずトンビをメンバーに入れ、他はそれなりに実力のあるヤツらを集めてくるだろう……ここはフェアにやらなきゃな。アオイがそんなことを考えていると、誰かの肩にぶつかった。
「おっと、悪いな……あ、ちょっと待った!」
 アオイはぶつかった相手を見ると、呼び止めた。
「丁度良かった。なあ、少し付き合ってくれないか?」

 それから数分後。イカ素焼き型の的が取り払われた部屋に、クロサメ団員の殆どが集まっていた。
「リーダーいなくなったと思ったら……なんでこんなことしてるんだ」
 クガがオウマの横でため息をついた。
「ま、いいじゃねえか。たまには息抜きだって必要だぜ」
「たまにどころかいつもしてる気がするのは僕だけ?」
 オウマの話を聞いて、カモメッシュを被ったボーイ――――ケイがアタマに手を置いて言った。
「この試合に勝ったら、何が何でも作戦会議をやらせるぞ……」
「ねえねえ、おれもその会議? 参加してもいいかな!」
 クガの脇でトンビがピョンピョンと跳ねた。
「いいんじゃない? 会議とか言ってるけど、正直お茶会やし」
 ケイが適当に返事をして、ブキを構えた。
「で、相手だけど……やっと来たっぽい?」
 オウマはケイが指差した方向を見た。
「へぇ……やっぱりそう来るんだ」
 オウマは含み笑いを浮かべる。アオイの後ろにはイカンカンクラシックを被ったガール――――エピンと3Kスコープを担いだ少し歪な容姿をしている紺色ボーイ――――黒鬼。更に、たこTを着たミントグリーンのボーイまでいる。ボーイはデュアルスイーパーカスタムを片手に、アオイの横でオウマたちをジッと見ていた。
「お、おい……相手ガッチガチじゃんかよ……」
 クガが冷や汗をかきながら言う。実のところ、オウマも自分が武者震いしているのを感じた。
「さぁ、始めようか!」
 アオイが仁王立ちでオウマたちに言い放つ。その表情は自身に満ち溢れていた。
「アオイ様、今回はご一緒させていただいて、私……感無量です! 絶対に勝ちましょう!」
「誘われたなら断らないけど……まあ、頑張らせてもらうよ」
 エピンと黒鬼が口々に言うと、アオイが笑って頷いた。
「ルールはナワバリバトル! ジャッジは今回代理を立てて行うよ。リスポーン地点はそれぞれ、部屋の隅に一ヶ所ずつあるから、有利不利はないハズだ。いいね?」
「ああ。それじゃ、さっさと始めようぜ」
 オウマはバケットスロッシャーデコを指先で回した後、取手を空中で掴んで言った。双方は挑発するような目で見合った後、各陣のリスポーンデバイスへと向かう。
「リーダー、頑張ってー!!」
 観衆の中から、一際大きな黄色い声が聞こえる。見ると、アオイを崇拝しているイカたちが、揃って相手チームに手を振っていた。
「READY……」
 リスポーンデバイス上に全員が乗ると、審判を務めるイカ――――エニッシュが手を挙げた。
「GO!!」
 試合開始の合図と共に、リスポーンデバイス上のイカたちが前方へ飛び出す。部屋内は、歓声の渦に包まれた。

 「――――時点では、我々は防衛も侵攻も不十分だ。現段階の目標を達成するには、より多くの人員と、個人の意識向上が求められる。有益な人員の情報さえあれば、ハイカラシティ外へ遠征する許可を出すことも検討しよう。また、各自、鍛錬やブキの整備は定期的に行うこと」
 シダレは1度、資料から目を上げた。
「疑問点、意見はあるか?」
 会議室はしんとしている。シダレの隣にいるロンリがコーヒーを啜る音だけが、馬鹿みたいに響いて聞こえた。
「無いようであれば、今回はこれで解散とする。部屋を出る際に、資料を持っていけ」
 シダレは各座席の前に置かれた紙を指差した。やがて、ぞろぞろとイカたちが部屋を出ていき、中にはシダレだけが残った。
「シダレさーん、戻りましたよ」
 暫くして、部屋にアーマージャケットレプリカを着たボーイ――――海が入ってきた。
「報告を」
「はい、作戦ばっちりでした。ドンピシャでクロサメの奴らに出くわしたんで、軽く捻ってきましたよ」
 自信たっぷりに話す海の後ろに、真っ白なレインコートを着た2人のイカが現れた。
「雨の日は双方、リスポーンデバイスの奪取はできないけど……」
「その分、物資の調達に出かける。特にクロサメは孤立しているから、必要なものを片端から盗んでいくわけだ」
 ダテコンタクトのガール――――イオと、スゲを被ったボーイ――――トクサがそれぞれレインコートのフード取って言った。
「これで相手も多少は焦りを見せ始めるだろう。次の動きについては、既に会議で説明してある。この資料を持って、個人で確認するように」
 シダレは資料を手渡すと、部屋の向こう側を見た。
「ああ……あの人なら、先に部屋に戻っていきましたよ」
 海が視線に気づいて言った。シダレは部屋を出ると、自室へ向かった。
「よーっす、リーダー! 元気してる~?」
「ホラ、用なら後にしてくれ」
 たこTの袖を捲って着ているボーイ――――ホラに話しかけられ、シダレは軽くあしらおうとした。
「そんな堅いこと言わずにさぁ! ま、俺もリーダーじゃなくて、妹さ……いってぇ!」
 まとわりつくように周りを歩くホラに、シダレは脛蹴りを入れる。
「悪いが、先に用件は済まさせてもらう」
「ちぇ~……ま、そのあとに俺が口説いちゃっても文句言わないでくださいよぉ」
「知ったことか」
 ホラを置いて、シダレは自室へ入っていった。
「……戻ったか」
「はい、シダレ様」
 ドアを閉めた後で、シダレは部屋内にいた、イカセーラーホワイトを着た青いアタマのガールに声をかけた。
「報告は既に聞いた。上手くやったそうだな。……明日は詮索に出ず、書類整理の方を頼む」
 シダレは置いてあった整備中のハイドラントの傍に来ると、その前にあぐらをかいた。
「お兄ちゃん。私、まだ疲れてなんか……」
「そのあだ名で呼ぶなと言っただろう、ヒメリ」
 シダレは横目でガールを睨む。ガールが小さな声で「ごめんなさい……」と言った。
「それに、お前の疲労のことを考えて言ったわけではない。明日は俺が出るから、その間ここを任せるという意味だ」
「分かりました……し、シダレ様」
 シダレは頷いて、ハイドラントを磨き始めたが、時折ヒメリが気まずそうに身をよじっているのが視界に入ってきた。ひどく重い空気が、辺りを漂う。
「……ここだけだ」
「え?」
 シダレは立ち上がり、ハイドラントを担いでから言った。ヒメリがきょとんとした様子で見つめてきた。
「だから……ここだけにするという約束を守れるなら、呼んでもいいと言っているんだ。その……俺をお前の『兄』として」
 シダレは慎重に言葉を選んで言った。途端に、ヒメリの顔がパッと晴れ、笑顔になった。
「う、うん! 分かった、約束する……!」
 嬉しそうにそう言うヒメリを尻目に、シダレは部屋の出口へ向かおうと踵を返した。
「……その額は伏せておけと言ったはずだぞ」
 シダレは自分とヒメリのベッドの間に立てつけられた飾り棚を見て言った。その上には、1つの写真立てが置かれている。
「あ……ごめんなさい」
 ヒメリが慌てて言うと、飾り棚の方に寄っていき、写真立てを倒した。
「試し撃ちに行ってくる。今日はもう休め」
 シダレはそれだけ言うと、ハイドラントと共に、部屋を去った。

 1人部屋に残されたヒメリは、シダレが完全にドアを締めたのを見計らって、再び写真立てに手を伸ばした。
 お兄ちゃんの気持ちも、よく分かる。でも……。
「やっぱり、みんながいないと寂しいよ……」
 ヒメリは額縁に触れると、表面をそっと撫でた。思わず、涙がこみ上げそうになる。
「ねぇ、どうして……カエデ…………」
 ヒメリはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。

「あー、楽しかった! やっぱりナワバリバトルは飽きないねぇ!」
 アオイが目の前で伸びをする様子を、たこTのボーイは特に何も言わず見つめていた。
「そういや……今日は懐かしいブキ持ってたね、オキナ」
 アオイがボーイに笑いかけて言った。
「うん。バランス、大事だから」
 オキナは頷くと、デュアルスイーパーカスタムを壁に立てかけた。
「そうだな。それにしても……みんな上手くなってきてるな。これなら黒インクを使えば、シロツキのヤツらをコテンパンに出来る日もそう遠くなさそうだ」
 アオイが相変わらず余裕な笑みを見せて言う。しかし、オキナは首を振った。
「今日、失敗した。物資、届かない」
 オキナの言葉に、流石のアオイも「フム……」と唸った。
「確かにな……そこは予想外だったし」
 アオイが珍しく、しかめ面を見せた。
「困ってる……?」
 オキナはアオイの顔を覗き見て言った。
「ん、大丈夫。元気なら有り余ってるしさ。でも……いい加減、作戦を練らなきゃマズいかなって」
 アオイは困ったように笑う。悪い癖。オキナは僅かに目を細めた。
「無理しないで……カエデ」
 オキナは淡白な口調で言う。最後の言葉を聞いた途端、アオイから表情が消えた。
「……嫌がらせのつもりかい?」
 アオイが睨んでくる。オキナも目を逸らさず、その黒い瞳を覗き込んだ。
「…………ごめん。でも、『無理しないで』は、ほんと」
 沈黙の後、オキナはうなだれた。アオイがそれを見て、オキナの肩に手を置いた。
「そっか……ありがとな。オキナも、無理すんなよ」
 アオイはそれだけ言うと、ニヒヒッと笑った。オキナは相変わらず無表情のまま、頷いた。
「とりあえず……近い内、大きな動きに出ようと思うんだ」
 それからしばらく2人でアジト内を歩いた後で、アオイが言った。
「どんな?」
「そうだねぇ……やっぱり、物資をいっぺんに獲得できて、かつこっちが侵入しやすいところがいいと思うから……」
 アオイがオキナを意味ありげに見た。
「……『ハコフグ倉庫』?」
「ご名答」
 アオイがパチンと指を鳴らす。
「さ、明日は久しぶりの作戦会議……かな」
 アオイがまた、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。オキナも笑おうとしたが、もう随分と前から、彼は笑い方を忘れていたのだった。

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