EPISODE:01
今日はカラッ晴れた青空。だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「シロツキの奴らが来たのさ!」
ノーチェはH3リールガンを構えて叫んだ。黒いイカ足が両脇で跳ねる。
「前線上げるよ! ついてきな!」
ルーチェが所属している革命集団『クロサメ』のリーダー----アオイが指示を出す。今はイカスカルマスクを口元まで上げていて表情が読み取れないが、リーダーのことだ、きっと笑っているに違いない。
「オッケー、リーダー!」
エゾッコメッシュを被り、赤い目をしたボーイ----カルマが意気揚々と躍り出た。
「後衛は任せてください!」
「さあ、たくさん撃ち抜くぞ~!」
クオレとこるんがそう言うのが聞こえた後、2人のものであろう黒い斜線がノーチェの横を通った。
「ノーチェ、スーパーセンサー!」
「はいさ!!」
リーダーに呼ばれ、ノーチェはブキを突き出す。瞬間、ノーチェの周囲から黒いイカの帯が飛び出した。
「フーン……意外と手薄だね」
リーダーがクスクスと笑って言った。ルーチェの『スーパーセンサー』は僅か3人のイカだけを指し示していた。非公式のナワバリバトルでは、人数制限など存在しないのだ。
「スクールブレザーのリッター使いさんは私が……!」
「じゃ、俺は残りのパーマネントパブロともみじシューターをやるかな」
「ボクだって戦果上げるぞ~!」
皆口々に好き勝手なことを言う。
「僕も3点バースト決めてやるさ!」
ノーチェは負けじと叫ぶ。そうしてチャージャー使い以外の全員が、敵へと猛進していった。
通り一つを丸ごと使って行われたナワバリバトルの結果は、クロサメ陣営の圧勝で終わった。
「チェックポイント制圧完了っと」
何処からともなく現れたジャッジくんが判定を下して姿を消した後、エニッシュがリスポーンデバイスに触れた。「キュイン!」という起動音を立てて、デバイス上に矢印が現れる。
『旧』ナワバリバトルが消えたあの日から、ハイカラシティ中のリスポーンデバイスはバトロイカ社によって全て電源を落とされた。ノーチェたち『クロサメ』と敵対組織『シロツキ』は、放置されたリスポーンデバイスを探し出したり、お互いが陣取ったリスポーンデバイスを奪ったりして所属するチームの領地を広げようと奮闘していた。
「へへっ今回も俺がいただいてやったぜ!」
カルマが得意げに言うのを見て、ノーチェとこるんは頬を膨らませた。
「ボクたちだって1人ずつ倒したもん!」
「ほらほら、キルばっかりがナワバリバトルじゃないのは周知の上だろ? みんなよく頑張ったよ」
リーダーがイカスカルマスクを口元から外して言った。そのくせ、リーダーは相手のリッター3Kと残り2人も1回ずつキルしていた。ずるいや。非公式ナワバリバトルでは、ナワバリ判定出る場所からリスポーンデバイスが遠く離れていることなどザラにある、そのため、戻ってくるまでに時間がかかることが多い。だから、みんな数少ないキル数を取り合って、少しでも自分をアピールしようとするのだ。
「インクタンク外しときな。余裕があるとはいえ、あまりこの色のままでいない方がいい」
リーダーが言うと、皆すぐにインクタンクを背中から下ろした。
「ボス、防衛ラインの1角に『シロツキ』が現れたそうですが……」
「わ、私たちじゃ間に合わないかもしれません……ここから遠いですし……」
エニッシュとクオレが報告する。
「そうだねぇ……しかも相手にはジジイのお守り付きか。まともにやってもあまり得はしないな」
リーダーが口元に手を当てて呟いた。
「では、帰還した団員の手当の準備を……」
こるんが提案すると、リーダーが頷いた。
「アジトにいる団員たちにも連絡しておこう。とりあえず、アタシたちも1度帰るよ」
リーダーがイカスマホを取り出して、歩き始める。ノーチェたちはその後ろをついていった。
「あー、もしもし……アイリスか? ひと仕事終えたから、今から帰る。それで、別の領地にいる団員のことだけど……」
リーダーが子供のように笑いながら通話を始める。ノーチェが見ている内に、アタマの色が徐々に黒から明るい黄緑色へと変わった。
「不思議だと思いませんか?」
「何が?」
クオレに突然聞かれ、ノーチェは思わず怪訝な顔をした。
「別に変な意味じゃないんです! ただ……リーダーは強いし、あんな人柄です。それに、悩みなんて無さそうですし……どうしてクロサメを立ち上げたんでしょうか」
ノーチェは首を傾げたが、すぐに答えた。
「その強さと人柄だからこそじゃないかな。僕らのことを1番に考えてくれるからこそ、こうしてクロサメを組織してくれたさ。みんなのことを思っての行動さ」
ノーチェは胸を張った。クオレもそれを聞いて「そうですよね……!」と嬉しそうに言った。
「今日のデザート? うーん、そうだなあ……」
リーダーがこちらを振り向いた。
「なあ、みんな何が食べたい?」
「僕、チョコレートケーキがいい!」
「私もそれでいいかな」
「俺はリーダーに合わせる!」
「はいはい。リーダーは何がいいの?」
ノーチェはリーダーに聞いてみた。
「アタシか? そうだな……じゃあ、同じくチョコレートケーキで」
リーダーが前を向くと、イカスマホに向かって何か話し始めた。
「今日のエヴァちゃんたちのデザート、楽しみだなあ……」
ノーチェはぼんやりと、アジトに帰った後のことをかんがえていた。
「くっ……」
「残念だったな。これよりここは、我々の領地だ」
青いでんせつのぼうしを被った『シロツキ』のリーダー----シダレがスカッシュバンドをアタマに付けた黒いボーイに近づくと、ハイドラントの銃口を彼の額に向けた。
「リーダー、バケットスロッシャーデコ持ちの敵もやっておきましたよっと」
ツツイはリーダーが敵を倒したのを見計らって、後ろから声をかけた。
「ふふ、僕のおかげだね!」
「さすがタイショーサン。クロサメのヤツらなんて一瞬で溶けたね~」
ミスターベースボールを着たガールのシナノと、パイロットゴーグルをアタマに付けた糸目ボーイのウェノが朗らかに言った。
「とはいえ、またしても別の領地を取られましたか……相手も考えていることは同じだったようです」
F-190を着崩し、イカ足を低い位置で結っているボーイ----ロンリがコーヒーを啜りながら言った。いつどこでコーヒーカップを取り出し、中身を淹れたのかはもう随分と前から聞かないことにしていた。
「ということは、あいつはそちらに向かっていたという訳か……」
リーダーが眉間に皺を寄せた。あいつというのは、おそらく『クロサメ』のボスのことだろう。リーダーは、執拗なまでに彼女のことを追っていた。
「まあ、リスポーンデバイスを1箇所奪えただけでも良しじゃないかな。ここを取っていなかったら、クロサメの陣地は広がる一方だった訳だし」
ツツイはあえて前向きな言葉をかける。しかし、リーダーが首を振った。
「我々の目的は、クロサメの殲滅だ。毎度のように奪い合いを続けていては、キリがない」
リーダーは自他共に厳しいイカだ。それに、圧倒的な実力、そして統率力をも兼ね備えている。ツツイはそんなリーダーを尊敬している1人でもあった。ただ……彼は少し気張り過ぎるのだ。
「ひなちゃんただいま帰りました~♪」
大胆にもスクールジャージーの前を開けている、ちょっとメルヘンちっくなガール----ひなこが姿を現すと、呑気に報告した。
「全員揃ったね~。じゃ、帰ろうか、タイショーサン」
ウェノの言葉に、リーダーが僅かに頷いた。そうして、ツツイたちはスーパージャンプでその場を後にした。
ツツイたちは帰ってすぐ、デカライン付近の本拠地内にいた団員たちに、今日の戦果を告げた。
「てことは、またおあいこってこと……?」
「うん、そうなるね……」
シナノが言うと、イオも一緒に肩を落とした。
「コーラル、ポム、パネロは帰ってきたのか?」
「こちらにいますよ、リーダーさん」
イジューがリーダーに声をかける。すぐにリーダーがソファに座り込む3人の前に来た。
「リーダー、その……」
「ごめんなさい!」
「敵リーダーがいたとはいえ、1度も撃ち抜けなかったのは不覚だったわ」
3人が口々に喋り出す。お説教を喰らうと思ったのだろう。でも、リーダーは怒らなかった。
「……患部はどうだ。黒インクは下手をすると、痕が残る」
リーダーがその場にしゃがむと、それぞれの状態を確認した。その目からは、趣味であるブキの手入れをしているときのように、熱心な思いが見て取れた。
「俺さ、リーダーのああいうところがカッコいいなって思うんだよね」
ツツイは思わず、周りの団員たちに向けて呟いた。
「寧ろ僕は踏んだり蹴ったりですが……まあ、何だかんだで仲間思いなのは確かですね」
ロンリが苦笑しながら言うと、団員たちが笑い出した。
「何かおかしいことでもあったのか?」
「いいえ、何も!」
リーダーが眉をつり上げたのを見て、ツツイは慌てて言った。ゴーグルの下の目は、相変わらずにこやかではあったけれど、きっと、誰にも見えなかっただろう。
「おにいさま、おねえさま、今日は何だか幸せですね!」
「ええ、本当に……まるで、家族みたいです」
ひなことイジューが、にこやかにそう言った。ツツイはまた笑ってみせた。