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EPISODE:06

 翌日、カエデは予定通りの時間に広場を訪れた。チームのときはわざと集合時間に遅れていた。自分でも何故そんなことをしていたのかよく分からなかったが、やる気が無かったというのが大方の理由だろう。それに、シダレ……あのジジイ……。カエデはその顔を思い出すだけで腸が煮えくり返るようだった。
『先に部屋で待ってますね!』。ボーイから送られてきたメッセージを確認すると、部屋を確認してロビー内に向かう。
「ここか……」
 カエデは複数ある待機室の1つの前まで来ると、歩を止めた。両開き式の自動ドア上には、ナワバリバトルの残り時間を報せる数字が表示されている。
 いいタイミングだったな。少しして、カエデは部屋内に入った。出ていくイカたちの興奮しきった声が、耳に入ってきた。
「カエデさん!」
 ドアが閉まった後で、部屋の中央にいたボーイが話しかけてくる。
「気合い入ってるな。嫌がらせとかは無かったか?」
カエデはにこやかに手を振ると、そちらへと歩いていった。
「うん! 敵も味方もみんないい人だったよ。それでね――――」
 カエデとボーイは談笑しながら、次のナワバリバトルまでの暇を潰した。少しして、ドアが閉まる音がする。
「わー……みんな強そう……」
「あまり気にするなよ。アタシがちゃんとサポートしてやるから」
 怖気づくボーイを気にかけつつ、カエデは部屋内のイカたちを見回す。ふと、その中にいた1人に目が行った……。
「か、カエデさん……?」
 ボーイが後ろからおどおどした口調で呼んでくるが、カエデにとってはそれどころではなかった。
「……何か用でもあるのか」
「用があるも何も……何でアンタがここにいるんだよ!」
 カエデは目の前で自分を見下ろしている、長身のボーイに食ってかかる。彼は何処からどう見たって、あのシダレだった。
「調整に来ただけだ。入ってきた側の奴にそう言われる筋合いはない」
「嘘つけ! いつもチーム戦しかしてないようなヤツが、理由も無くこんなところにいるわけが……」
「そのチームから何処ぞの誰かが抜けたせいで活動ができないのだが」
 カエデはまるでピラニアか何かのように喚いた後、思いつく限りの悪態をついた。シダレのこめかみが僅かに痙攣し始める。
「あ、あの、お2人共……」
 不意にボーイが話しかけてきて、2人は物凄い形相でそちらを睨んだ。途端にボーイがすくみあがった。
「あ、ゴメン……どうした?」
 カエデは慌てて言うと、笑顔を取り繕った。
「いや、その……もうそろそろバトルが始まるよってだけで……」
 ボーイが言い切る前に、部屋の情景が消えた。

「よし、同じチームだな」
 シオノメ油田上の黄緑に染まったリスポーンデバイスに瞬間移動した後、カエデはボーイの方を見た。
「これでジジイがあっちのチームだったら最高だったのになあ……」
「もしそうなっていたら、その減らず口も少しはマシになっていたかもしれんな」
 2人で火花を散らしている内に、バトル開始を報せるイカ文字がリスポーンデバイス上に現れた。
「か、カエデさん、僕どうしたら……」
「え? あ……とりあえず北だ! このステージは北に向かうのが鉄則だからな!」
 ボーイの焦る声を聞いて、カエデは我に返った。同時に、出遅れた分を取り戻そうと全速力でインク内を泳ぎ始める。
「先にアタシが……!」
 カエデは広場へと続く壁の側面を上ると、迷うことなくそこから中へ飛び込んだ。
「カエデさん、敵!」
 高台からボーイが叫んだかと思うと、カエデの眼前にスプラッシュシールドが置かれる。T字型の壁裏から姿を現したのは、.96ガロンデコ使いだった。
「逃げて――――」
「邪魔だ。照準がブレる」
 高台からの声を聞きながら、カエデは後ろに引く。すると、背中が何かにぶつかった。
「ちょ……なんで下りてきたんだ!?」
 振り向くと、何故か高台にいたはずのボーイがいた。
「だ、だって、邪魔だって……」
「あのクソジジイ……いいか、アイツの言うことは聞かなくていい――――」
 カエデは背後の影に気づくと、ボーイを連れて飛び退く。先程のガロン使いが『ダイオウイカ』になり、こちらへ猛進してきたのだ。
「チッ……1回引くぞ!」
 カエデは入口へ向かおうとするが、そこは既に紫インクで塗りつぶされていた。
「しま……っ!」
ブキを構えるより先に、目の前から敵のローラー使いが現れる。思わず目を閉じた後で、身体中に衝撃が走った。
「大丈夫か!?」
 カエデはリスポーンデバイス上でヒト形態に戻ると、隣のボーイを見た。
「僕は平気だけど、みんなが……!」
 ボーイがマップを表示するタブレットを指す。気づけば、4人全員がリスポーンデバイスに戻ってきてしまっていた。
「こ、これ……だいぶマズイんじゃ…………」
「言わなくても分かるだろう。北方面への入口は全て塞がれている。打開は困難だ」
 味方のガールに、シダレが刺のある口調で言った。
「珍しく苛立ってるじゃないか」
 カエデは鼻で笑う。結局チームがいなきゃ、何にもできないくせに。カエデの中では仕返しのつもりだった。
 シダレは黙っている。しかし、どうしてか目だけは爛々としているように見えた。
「行くぞ。北がダメなら南からだ」
 カエデはボーイの手を引くと、リスポーンデバイスから出ようとした。
「……いや、お前はこの道から行くべきだ」
 シダレの指示を聞いて、歯ぎしりする。
「何で……まだアンタに命令されなきゃいけないんだ」
 我慢の限界だった。怒りを込めた眼差しを向け、口を開く。
「アタシはアンタの駒じゃ――――」
「お前にしか、できないんだ」
 思いがけないその一言に、カエデは目を見開いた。
「……正面下に、ホットブラスター。高台手前にはL3リールガンが待機している。南は無し。SPを溜めるならバリアで塗りを挽回できるわかばシューターが妥当だろう」
 シダレがスタートレーダーにより表示された情報を見てから、カエデを見据えた。
「しかし、ブラスターは南も警戒している……安全に塗り固めるためには、誰かがブラスターを処理しなければならない。わかばがいなくなるとしたら、こちらの残るブキはハイドラント、デュアルスイーパー、そして……ボールドマーカーネオ。実力と相性を踏まえたなら、当然の考え方だろう」
 平然とした様子でそう説明され、カエデは舌打ちした。
「……分かったよ。でもアタシはアンタの命令、死んでも聞かないからな」
 「先にあっちから広場に下りて、塗っておきな」カエデはボーイの背中いて送ると、正面の道を睨んだ。
「好きにしろ」
 カエデがブラスター目がけて飛び降りた瞬間、後ろからそんな声が聞こえた。
「そんなエイムで当たるか!」
 ブラスター特有の誘爆弾を難なくかわし、ボールドマーカーネオのトリガーを引く。すぐに敵ブラスターが爆散して失せた。
 『残り1分!』という表示とほぼ同タイミングで、横から紫インクが飛んでくる。見ると、敵のリールガンが再度トリガーに手をかけるところだった。
「この……!」
 カエデが押し切ろうとした途端、上の方から黄緑の凄まじい弾幕が降ってきた。
「残りは全員、広場内だ。一気に畳み掛けるぞ」
「だから、命令するなっての!」
 リールガンが胡散した後で、カエデはシダレに向かって叫ぶ。一瞬、自分の口の端が上がった気がした。
「カエデさん、下の広場は塗っておいたよ!」
 ボーイが下の道から手を振ってきた。
「よし、そのまま上ってきな。広場に突っ込むぞ!」
 カエデはそう言って、北広場の正面入口へ泳ぎだす。味方のデュアルスイーパー使いが、後ろから道を塗ってくれた。
「このままなら、行ける……!」
 敵ローラーの不意を突いて倒した後、1度入口を確認する。丁度、ボーイがリフトから出てくるところだった。
「カエデさん、僕まだ『バリア』が……」
「心配しなくても、すぐに溜まるさ。それに……この状況なら、使わなくて済むかもしれない」
 ハイドラントの弾が前方を塗った後、『10』というカウントが現れる。
「とにかくここを制圧して、絶対勝つぞ!」
 カエデはイカ形態になると、勢いよく飛び出した。ボーイもそれに続く。
 『9』、『8』。不意に、広場奥入口にシールドが設置された。それを見てブレーキをかけると、地面に不自然な影ができる。
 『7』、『6』。ホットブラスターを持った敵ボーイが空から降ってきた。ブキを構えようにも、間に合わない。
 『5』。敗北を、覚悟した。
「カエデさん!」
 紫インクがどっと降りかかる。ああ、やられたんだ。まったくアタシは、情けないな。
「行こう!」
 背中を押される感覚。目の前には、さっきのシールド。転びかけて見た足元には……黄緑インクに沈んでいくホットブラスターと、ハイドラント。「キュイン!」という音と共に、透明な膜が、カエデたちを包んだ。
『3』、『2』、『1』……。
 広場奥のコンテナ前に来た時、辺りに試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 賑わうロビー前。カエデは壁際で座るシダレを見下ろしていた。
「……何か用でもあるのか」
 シダレは相変わらず、他人行儀な態度を取る。カエデには目もくれず、部品のようなものを磨いていた。
「アンタ、一体何の真似だ?」
 カエデは喧嘩腰で聞きながらも、表情は一切変えなかった。
「先程の試合のことなら、ハイドラントのチャージ速度では、あそこから塗り返すとなると難しい。それなら、元より塗り性能の高いわかばと、少なくともハイドラントよりは塗れるボールドマーカーネオを生かすべきだと、そう考えたまでだ。ブキの塗りを効率化すれば分かることだろう」
 シダレが部品から目を離すことなく言った。ある意味想像通りの回答。カエデはニヤッと笑った。
「へぇ……じゃ、この子を助けたってのも、アンタの『効率化』のためなのか」
 カエデはそう言うと、ボーイの袖を引っ張ってシダレの前に立たせた。
「あ、あの……数戦前から一緒に戦ってくれて、ありがとうございました! 色んなこと教えてくれたり、僕のためにわざわざ敵を押しのけてくれたり……それと、『何かあったら頼ってもらって構わない』って言ってもらえたとき、すごく安心して……」
 ボーイが話し始めた途端、シダレの手が止まった。
「……勘違いするな。それだけお前のウデが怪しいと思っただけだ」
 沈黙の後、シダレが吐き捨てるように言った。耳の先が少し赤くなっている。カエデはますます面白くなって、口角を上げた。
「ぼ、僕……これから頑張って、シダレさんやカエデさんみたいに強くなってみせます! ですから、そのときは……また、バトルしてもらってもいいですか?」
 ボーイが尋ねると、「勝手にしろ」まがいのことをシダレが呟いた。ボーイは嬉しそうに笑った。
「僕、そろそろ行かなきゃ……カエデさん、また機会があったら、撃ち合いのこととか教えてよ!」
「ああ。時間さえあれば、いくらでもレクチャーするよ」
 カエデは笑いかけると、ボーイのアタマを軽く叩いた。ボーイが走って広場に出たあとで、元気よく手を振ってくれた。
「あの初心者……やたらキル中心の立ち回りをしていると思っていたが、まさかお前が指導していたとはな」
 ボーイの姿が見えなくなってから、シダレがボソッと言った。
「……? アタシはアイツに『キルを取れ』なんて言ったことは……」
「弟子は師匠の姿を見て育つものだ。教えなくとも、自分から真似をしたがる」
 シダレが立ち上がって、カエデを見た。
「俺は自分のチーム内で、お前ほど反発するメンバーを見たことがない。今いるヒメリとオキナは勿論、前にいたメンバーに関してもだ」
 カエデは目を細める。コイツはこの後に及んで、まだそんなことを考えているのか。しかし、シダレの態度は比較的穏やかだった。
「あの2人は、俺が教えた。だから、作戦通りの動きを至極当たり前のようにこなす。そして、残った1人は……元より経験者だったが、自らを他人に合わせることに長けていた。それから、お前が入って、結果的にチームは壊滅状態……そこでようやく気づかされた。俺はあいつらに甘えていただけなのだと」
 シダレが目を逸らす。ふと、カエデは昨日のことを思い出した。そういえば、コイツ……。
「俺はお前が自分のためだけに動いているのだと思っていた。だから、作戦を無視することが理解できないでいた。だが、実際は違う。……お前は『お前らしさ』でチームに貢献しようとしていた。俺はそれに――――」
「あー、分かった分かった! ったく、アンタの話は長い上に難しくて聞いてらんないよ。少しはこっちの身にもなってくれ」
 カエデはわざとらしくアタマを掻いた。皮肉に気づいたらしく、シダレの目線がカエデに向いた。
「ま、アタシもガキみたいに意地張ってたのは確かだし、その、なんだ……アンタにも良いところあるって分かったから、別にいいかなって」
 頬を掻きながら話しつつ、チラチラとシダレを見る。どうやら、まだ気づいていないらしい。
「だから……チームに戻ってやってもいいかなって。あ、でもまたあんなふうにガミガミ言われるのはゴメンだからな! それと、アイツらめちゃくちゃアンタに気遣ってたから、もう少し敏感になれ! 見ててムカついてくるし……あと…………」
 カエデの話を聞いている内に、シダレの目が僅かに見開かれていった。
「……お前も大概だ、カエデ」
 シダレがフッと笑う。カエデは話をやめると、ニヒヒッと笑い返した。
「とにかく、頼んだからな。……シダレ」
 笑みを湛えたまま、拳を突き出す。シダレがそれに合わせて、拳の先を当てた。眩しいほどの陽光が、そこに照りつけていた。

 後日、カエデは再びシダレ率いるチームの1員として、尽力する日々を送り始めた。チームは作戦に従順する形から、各々のプレイスタイルを尊重する形へと徐々に変わっていった。ヒメリやオキナは始め、指示の少ないバトルに戸惑っているようだったが、すぐに慣れたらしい。数日すると、それまで以上に実力を発揮して、チームの勝率を伸ばしていった。
「カエデ、ここはどうしよう?」
「ん? そうだな……アタシはこっちに行くから、センプクして……」
「それだと、ここの守りが薄くなる。配置を入れ替えた方がいいと思うが」
 資料の枚数も減り、今ではマップと数枚の説明だけになっている。個人のテリトリーはあったものの、基本的に臨機応変の対応は許されるようになっていた。
「ここも大会までに決めておかなきゃ」
「そうだな。プライベートマッチで確認しよう」
 カエデはそう言った後で、オキナと話し込んでいるシダレに目をやる。シオノメ油田でのバトル以来、彼の『スタートレーダー』を使った戦法には、一目置いていた。逆にシダレも、カエデの機動力に自分には無いものを感じているらしかった。
 また、ナワバリバトルだけでなく、個人での交流も増えていった。特にヒメリとは、練習後にショッピングへ出かけるほどの仲になっていた。
「お兄ちゃん、休みだと四六時中ブキのメンテナンスか読書をしてるんだよ。特に本は昔から好きみたいで……」
 カフェに入ると、ヒメリのお喋りが止まらなかった。余程話す人がいなかったらしい。実際、シダレが聞いたら嫌がりそうな話も何個かあった。今度、からかってやろうかな……。カエデはそんなことを考えながら、活き活きと話すヒメリに笑みを向けていた。
「あ、あのさ……カエデって、好きなものとかある? 例えばほら……食べ物とか」
 大会数日前。夕日が眩しいロビー前で、オキナにそんなことを聞かれたときもあった。
「え? うーん……食べ物なら、肉とかかな。野菜はあまり……」
「あ、そうじゃなくて……やっぱり、何でもない!」
 「また明日!」オキナはそれだけ言うと、広場へと飛び出した。残されたカエデは肩をすくめる外なかった。
 そうして、大会までの日々は瞬く間に過ぎていった。緊張と興奮で中々寝付けなかった前日。布団の中でヒメリとこっそりメールをし合っていたら、シダレからと思われる文面が飛んできて……どうやら、取り上げられてしまったようだ。『バーカ』。カエデはわざとらしい一言を押し付けてクスクス笑った後、ゆっくりと眠りについた。

 遂に、待ちに待った大会当日がやってきた。広場では、普段より更に大勢のイカたちでひしめき合っている。
「大規模な大会故、人も多い。お互い、行方を見失わないようにしておけ」
 シダレが平然とした様子で言った。はぐれることを危惧したのか、ヒメリがシダレのフクの裾を握っているところをカエデは見逃さなかった。
「き、緊張するな……」
「アガりすぎるなよ。いつも通りやればいいんだから」
 こわばった表情をしているオキナを見かねて、声をかけた。
「行くぞ。そろそろ召集が始まる」
 シダレが人ごみを縫ってロビーへ向かう。カエデたちも後に続いた。
 ロビーに入ると、すぐに待機室へと誘導された。既に部屋内にいた相手のチームは腕を組んで、いかにも待ちかねている様子だった。
『両チームのリーダーは前へ』
 整列してすると、アナウンスが指示を出す。シダレと相手チームのリーダーが、握手を交わした。
『只今より、Aブロック1回戦を開始します――――』
 辺りが真っ白い空間になったと思うと、次の瞬間にはアロワナモールの空を見上げていた。
「ブロック戦は2本先取制。つまり、このバトルは落としてもらっても構わない。……ウデ慣らしだと思って、気楽に行くぞ」
「そうそう、ビビってエイムがブレたら、代わりにアタシが全部やってやるよ」
 カエデはボールドマーカーのトリガー部分に指をかけると、クルクルと回す。シダレがため息をついたが、微笑は隠せないでいた。
『Ready……Go!!』
「お先!」
 カエデはリスポーンデバイスからジャンプすると、正面を塗って直進を始める。直後、複数の発射音が背後から聞こえてきた。

 カエデたちがイカスツリー下に出てきたときには、辺りが橙色に染まり始めていた。
「最後の試合、惜しかった……」
 オキナが悔しそうに呟く。
「でも、ブロック決勝まで残れたんだから、すごい方だと思うよ。こんな大きな大会、初めてだったし」
 ヒメリがそう言って、オキナの肩を撫でた。
「やはり、チャージャーへの対策が必要か……ステージによっては、まったく歯が立たなかったのも事実だ」
 シダレは成績を一切気にしていないようだった。口元に手を当て、考え事をしている。厳密に言えば、カエデが突っ込んでいなければ勝機があったのだが……誰ひとりとして、そんなことを口に出さない。カエデは妙なむず痒さを感じた。
「あ、アタシ……今日はもう帰るよ! いつもみたいに、メールの反省会には出るからさ……それじゃ!」
 早口になって言うと、広場の入口へと突っ走る。そのまま近所の川辺までくると、足を止めて呼吸を整えた。
 こんなにも楽しくて、悔しいナワバリバトルを今までしたことがなかった。正直、カエデはそれまで、自分を足でまといに感じたことは殆ど無い。しかし……最後に挑んだ試合では、確実に……。
 畜生!! カエデは堤外の芝に踏み入ると、川に向かって大声で叫ぼうとした。
 その瞬間、視界の片隅で、何かが揺れる。自分の身の丈以上もあるそれに、思わず目が行った。立葵。後に知った、赤から薄い桃色の花を咲かせる植物。
 少しして、その根元に黒いアタマをしたイカがうつ伏せていることに気づいた。

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