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EPISODE:11

「知り合い? 誰のことだ」
 肩にブキを担いだボーイが、正面に立つオキナに気だるそうな口調で聞いた。
「えぇと……カエデ、で分かるかな? ガールなんだけど……」
 シダレはその場から動くことなく、その問いの答えを待った。
「おい、知ってるか」
「いいえ……聞いたこともないわ」
 オレンジ色のアタマをした、クロサメの団員たちが首を傾げる。
「そっか……ありがとう、他を当たるよ」
 オキナが俯いて、踵を返そうとした。
「待て、俺たちも聞きたいことがある」
 1人がオキナに話しかけた。オキナが振り向き、目を瞬かせる。
「そこのハイドラント……あれはお前の所有物か?」
 オキナが指差された方向を見るが、すぐに首を振った。
「ううん。オレはあのブキ、持ってないし……」
 これ以上の長居は不要か……。シダレはそっと木箱から離れる。この暗さだ、誰も気づきはしない。ハイドラントは後で頃合いを見計らって回収すれば問題ないだろう。そう思い、振り返ろうとした、その時だった。
『見ィつけたァ……!』
 突如、何処からか不気味な声が聞こえてくる。ハッとして見上げると、丁度何か大きな物がこちらに向かって落ちてくるところだった。
「っ……!」
 シダレは咄嗟に壁を蹴飛ばし、反動でその場から離れる。巨大な影は木箱を粉砕し、鈍い音を立てて着地した。
「なんだ……!?」
「し、シダレ!? なんで――――」
 オキナと団員たちが一斉にこちらを見る。しかし、そちらを気にかけている暇など、今のシダレには無かった。
『キヒヒ……リーダーの言うとおり、敵は粉砕してやらなきゃなァ…………?』
 影は甲高い笑い声を上げる。その手元には、銀色の光沢と、黒光りするインクを携えた巨大なローラー。
『邪魔なんだよォ……お前らみたいなゴミがさァ!!』
 照明の下までやってきたそれは、大柄なボーイであると分かった。だが、アタマは黒く染まり、目は焦点が合っていない……何処か奇妙だ。
「全員、早くこの場から――――」
 シダレがそう言いかけたところで、側頭部に冷たいものが当たった。
「ちょっと待ってよ、何をこんな時に……!」
「あいつは俺たち――――つまり、クロサメの団員だ」
 オキナの憤慨した声とは相反して、ホットブラスターをシダレに突きつけたボーイが、落ち着き払った声で話す。
「俺たちの仲間が、今ここにいるこいつを『敵』だと言ったんだ。組織の邪魔になりかねない存在を排除するのは当然だろう」
 ボーイがトリガーに手をかける。続いて、ガールがオキナの前に立ちはだかった。
「どうやらあなたは彼の知り合いみたいだし……少し話を聞かせてもらう必要があるわね」
 ガールが言う中、シダレは懐に手を伸ばす。ボーイの視線はガールや他のボーイたちの方に向き、それに気づく様子はなかった。
『うるさいなァ……とっとと…………』
 フラフラとしていた巨大なボーイが、狂ったように笑いながらダイナモを振り上げる。
『死ね』
 その台詞が合図となった。シダレは油断していたボーイの手首を掴み、グイッと手前に引く。
「なっ……!?」
 ボーイがバランスを崩したところで、脇をすり抜ける。次に、手にしていたスプラッシュボムをガールの足元へ転がした。
「来い!」
 起爆と同時に、オキナの腕を引っ張る。怒りに満ちた叫び声。オレンジ色のインクが飛び散ったが、振り向いている余裕はなかった。
「ま、待て……止めろ!」
 どうしてか、悲鳴が聞こえたような気さえした。

 シダレは逃げる途中でハイドラントを担いだものの、先に息を切らしたのはオキナの方だった。
「もう、何が何だか……」
 オキナが壁に寄りかかって呟いた。随分と長く走った上、逃げることに集中していたため、此処が具体的にどの位置なのかは皆目見当がつかなくなっていた。
「……何故」
 シダレはオキナの横に立つと、ぽつりと漏らした。
「それはオレも聞きたいよ……」
 オキナがバックワードキャップをアタマから取り、弄び始める。シダレもでんせつのぼうしの鍔に触れ、調整した。
「…………カエデを」
 シダレはそう言いかけて、口をつぐむ。同様に口を開いていたオキナが、目を丸くしてこちらを見た。
「なんだ、結局、最初から1緒だったんじゃないか」
 オキナが可笑しそうにクスクスと笑い出す。シダレは目を閉じ、ため息を吐いた。いつもの呆れではなく、安堵の気持ちで。
「これからどうする」
「え? うーん、そうだな……」
 オキナが頬を掻いた。
「とりあえず、さっきクロサメの団員が『リーダー』って言ってたから、その人を探そうかな……カエデがクロサメにいるなら、その人が知ってるはずだし。……シダレは?」
「同様の考えだ。この場にリーダーがいるのであれば、それが1番手っ取り早いだろう」
 シダレは壁から離れ、歩き始める。足音がして、オキナが後ろからついてくるのが分かった。
「話せなかった理由でもあるのか」
 ふと疑問に思い、問うた。
「そ、それは……お互い様じゃないか。シダレだって、オレに言えなかっただろ?」
 照明下に来たオキナの顔は、何故か頬が赤く染まっていた。
「でも、こうなったら、オレたち2人で絶対に取り戻そう……カエデは今でもチームの1員だって、信じてるから」
 オキナがバックワードキャップを被り直してから言った。シダレは口を閉じたまま、オキナの目を見てしっかりと頷いた。

 この時はまだ疑うことすらしなかった。会うことさえできれば、彼女を連れ戻せるだろうと。

 夜の通路は静まりかえっている。定間隔に設置された灯りは白く弱いものだったが、闇夜を歩くには十分役に立った。
「おかしいな……」
 オキナが呟いた。先ほどの騒ぎで、クロサメは追ってくるだろうと、シダレも想定していた。しかし、聞こえるものといえば、自分たちのクツが地面を擦る音と、時折、パイプの中を流れていく水の音くらいだ。
「このまま右折を繰り返せば、先ほどクロサメと遭遇した場所まで別ルートで戻れるはずだ。相手もこちらのリスクを考えて、あそこには行かないと考えるだろう……そこに辿りついた後、状況を整理する」
 シダレはオキナに意図を告げる。オキナが頷いて、少しばかり歩調を上げた。
「……さっきの話だけどさ」
 前を歩くオキナが、ぼそっと呟いた。
「オレ、背も小さいし、皆がいなきゃ強くもないだろ? だから、1人でも強くてイカしてるカエデに、憧れて……たんだ」
 オキナが目線をシダレに合わせる。
「でも、今のカエデは憧れてたカエデじゃない。だからこそ、オレは……カエデに目を覚まして欲しくて、ここまで来たんだ」
 オキナの話を聞いて、シダレは目を伏せた。その尊敬するカエデを変えたのは、間違いなく――――。
「シダレは、どうして?」
 オキナに問われ、再度目を上げる。しかし、それを言うのは何か違う気がして。
「……リーダーとして、当然のことをする。それだけだ」
 自分のせいだからと分かっているからこそ、罪を償うという言葉がひどい綺麗事のようだと、今更ながら思えた。
「そっか……」オキナが微笑を浮かべる。それはいつもとは違う、物寂しさのようなものを携えていた。シダレは更に視線を壁の方に向ける。それは一抹の安堵か、失望か。シダレにはオキナの思考が分からずにいた。否、それはオキナも同様かもしれない。たった1言の返答であったのに、それ以上の言及はされなかった。
「……チームのサポートは、不満か?」
 少しの沈黙でさえも痛く感じて、シダレは思わずそんなことを口走った。
「え?」
「先ほど、カエデに憧れていると言っていただろう。特攻に理想を抱くなら、連携を組み直すこともアタマに入れておかねばと――――」
 ここまで話している内に、怪訝そうなオキナの顔が緩んでいき、最終的に笑い出した。その様子を見て、シダレは無意識に目を細めていた。
「ご、ゴメン……つい面白くなっちゃってさ。確かにオレはそう言ったけど、きっと向いてないだろうし遠慮しとくよ。カエデの邪魔しちゃ悪いし」
「お前のセンスなら、どのポジションでも問題ないと思うが」
「そうじゃないんだって! オレが言いたいのは……その……」
 オキナが角を曲がりつつ、少し強めにアタマを掻いた。
「あぁもう、この際だから言うけど怒らないでね。シダレってそういうことになると、めちゃくちゃ鈍――――」
 オキナが出かかった言葉を呑み込むような仕草をする。シダレの視線は既に、通路の地面へ釘付けになっていた。
「何、これ……」
 オキナが絞り出したような声を出す。
 2人の目の前には、黒く染まった地面と、黒い飛沫痕が撒かれた壁を構えた通路が続いていた。
 黒い液体の上に浮かんでいるホットブラスターを見るなり、オキナがそちらへ駆け出そうとした。
「待て。迂闊に触らない方がいい」
「でも……! あれって、クロサメの人の……」
 シダレはオキナのフクを後ろから引っ張りながら制す。オキナが焦りからか、見開かれた目をこちらに向けた。
「まだ分からんのか。ここにあるのは……黒インクだ。敵がまだ残っている可能性も十分ある」
 シダレの指を解こうとするオキナの手が止まった。オキナが懇願するような表情を見せる。
「……黒インクのダイナモローラー使いを目の前で見たからこそ、感じ取ったことがある。だからこそ、俺は『全員』に逃げろと指示を出した」
シダレは1度、オキナが見ていた場所へ注目した。ブキの他に、黒く染みのついたギアが波紋を残しつつ、インクの表面を彷徨っていた。
「このような言い方は好かんが……あれは間違いなく、化物だ」
 ここまで言い切ると、オキナの唇が震えだした。無理もない。シダレ自身、この光景を目の当たりにして、何時襲われるか分からない緊張感に駆られつつあった。
「1度引く、という手もある。クロサメは団員を放っておかないだろう。したとしても、黒インクには副作用があると聞く。ダイナモ使いが倒れるのも時間の問題だ」
 シダレは裾から手を離し、提案を始める。いつものことなら、オキナが俯いたまま、僅かに頷くと思っていた。
「……それでもオレは、カエデを探したい」
 オキナの口から漏れた1言は、予想外なものだった。
「クロサメの人たちは、あの人を信用していた。もしカエデがあの人と出くわしたら、同じことが起こるかもしれない。……それだけは、絶対にダメだ」
 オキナがデュアルスイーパーカスタムを取り出して構えた。
「シダレがそうするなら、オレは止めない。でも、この我儘は通させてもらうよ」
 オキナが黒い地面を睨む。シダレはその威勢を見て、長く息を吐いた。
「……その考えも、1理ある」
 シダレはハイドラントのトリガーに手をかける。次第に、腕を伝う振動が大きくなった。
「お前が我儘を言うことも稀な上、そうなると1人では厳しいものがある。……いいだろう」
 オキナが口の端を上げる。ミントグリーンのアタマが、ターコイズに染まった。
「作戦や指示は頼んだよ。……リーダー」
 オキナがトリガーを引く。合わせるようにして、シダレは水色の乱射弾を、通路奥に向けて放った。

 黒い通路を塗り返しながら進むと、突き当たりが見えてきた。黒インクは左の角の方に向かっている。
「この先にも屋上へ続く外階段があるはずだ」
 シダレは記憶したマップの情報を元に、説明した。
「念のため、慎重に進む。不意打ちには注意しろ」
 オキナが頷いて、インク内に潜る。シダレも後に続いた。周囲は相変わらず、水を売ったように静かだ。そのことが余計に不安を煽っているように感じた。
「あれ……?」
 オキナが左折しようとした時、ヒト形態に戻った。
「どうした」
 シダレはトリガーに触れつつ聞く。一方、オキナがブキを下ろした。
「黒インクが……消えてる」
 オキナが通路の先を指差す。確かに、黒インクはそこで途切れていた。
「スーパージャンプでもしたのかな?」
 辺りを見回しながら、オキナが言う。その間、シダレは通路横の階段を見つめていた。
「とりあえず、ここを上――――」
「待て」
 階段の方へ寄っていったオキナに声をかける。
「先の奇襲、あいつは上から落ちてきた。つまり……」
 シダレの話を聞いて、オキナが階段から離れかけた瞬間。照明の光が遮られたように、辺りが暗くなった。
「しま…………っ!」
 オキナが叫ぶより前に、シダレは彼の袖を掴み、元来た通路側に向けて投げる。続いて飛び退くと、先程までオキナが立っていたところに、黒い大きな影が落ちてきた。
『かくれんぼはもう飽きたねェ……?』
 黒い飛沫と轟音を伴ったそれは、ゆっくりと立ち上がる。ほんの1滴、たったそれだけの黒インクが頬を掠めた。触れると、水色のインクが指先に付着する。
「シダレ……!」
「俺に構うな。敵に集中しろ」
 オキナが横に来るなり、シダレを見て声を上げた。シダレはそちらに目をやることもなく、頬のインクを袖で拭う。
「隙を狙って階段を上る。……間違っても、勝敗を焦るようなことはするな」
パイプがイカ返しの役割を果たしている以上、射程を活かせるところから狙うほうが、確実に有利だろう。それを口に出すより前に、オキナが唇を噛んで、頷いた。
「オレが階段から遠ざけるから……シダレは先に行って」
 オキナがデュアルスイーパーカスタムを右手に持ち、相手の足元目がけてインク弾を放つ。すかさず、シダレは階段を駆け上がった。
「今だ、上がれ!」
階段を八分目ほどまで上った後、ハイドラントの散弾をオキナと同様に撃ち込む。すぐにオキナが射撃を止め、こちらまでやってきた。
『逃がすかァ……!』
相手がカラストンビを見せて唸っている。シダレはスプラッシュボムを相手の眼前に落とすと、残りの段を上がりきった。
「これで、大丈夫そうだね……」
 オキナが柵のない屋上の端から、下を見下ろす。その隣でインクを補充するためにセンプクしていたシダレは、果たしてそうだろうか、という疑念を拭えないでいた。

黒インクは確実に、使用者の正気を奪っている。

 それ故、『インクだけ』が力を帯びるとは思えなかった。

「シダレ、狙うなら今だと思う」
 オキナが両手でブキを構える。その先には、反対側の壁の中腹でイカ形態になり、黒インクの中に身を潜めて様子を伺っているらしい黒い姿。
「……壁を塗り返して、地面に落ちたところを狙う」
 シダレはハイドラントの振動を感じながら、オキナに次の行動を促した。
「行くよ……!」
 オキナが壁に向かって、正確にインク弾を撃ち込む。敵がヒト形態になって、インクから出てきた。
これが普通のナワバリバトルであれば、こちら側があまりにも優位だ。
 
しかし、普通なら存在しない『化物』は、2人の想像をいとも簡単に凌駕した。

「え――――?」
 2人の目の前に、ダイナモローラーを振りかぶった黒い影。様子を追って捉えていたのだから間違いない。敵はその脚で『跳んで』きたのだ。
「っ!」
 シダレはダイナモローラーの柄に、ハイドラントの銃身を当てる。暗闇で、鋭い金属音が鳴いた。
『邪魔ァ!!』
 敵が狂ったような笑みを見せたまま、ダイナモローラーに力を込めていく。重すぎる1撃に、思わず歯を食いしばった。
「シダレ!」
 叫び声が聞こえた後、敵の脇に水色のインク弾が直撃する。刹那、シダレは全身が痺れるような重量から解放された。
「逃がさん……!」
 即座に立ち直り、通路へ落下する敵にチャージ弾を放つ。しかし、敵はインクのダメージ等無いかのように軽く身を捻り、弾幕を全て避けた。
「そんな……!?」
 オキナが絶句する。シダレも眉をひそめることしかできなかった。あの状況でかわせる等と、誰が思おうか? しかしその反面、シダレのアタマの中は、冷静を保ち続けていた。

 それができるイカを、1人だけ知っていたから。

「来るぞ」
 シダレは再び壁を上り始めた敵を見て、トリガーに手をかけた。
『潰れろ』
 低い声と共に、壁から飛沫が上がる。そして、またしてもそれは2人の前に現れた。

 ――――2度同じミスはするな。

 これはシダレが、チームに言い続けてきた言葉だ。

 唯1人……オキナを除いて。

 だから、彼がデュアルスイーパーカスタムを左手に持ち替えた時、確信して前に出ることができた。

『あァ!?』
 化物の甲高い声。脇をすり抜けたシダレは空中に出ると、空いた左手で敵の左腕を掴む。敵側に勢いがある以上、背後に回り込むことは容易だった。
「オレたちには……君に殺して欲しくない人がいるんだ」
オキナが横で、敵の背にブキを突きつけた。シダレも敵の腕と、ハイドラントのトリガーから指先を解く。
「終わりだ」
 直後、辺りにつんざくような断末魔が響き渡った。

「急ぐぞ」
 シダレは走る速度を上げる。周囲は先ほどの静けさとは打って変わって、イカの話し声や物音で溢れかえっていた。
「探せ! まだ近くにいるはずだ……」
 鋭い声が近くから聞こえる。彼らはダイナモローラー使いのボーイを倒した敵――――すなわちシダレたちを追ってきていた。
「なんか……すごい騒ぎになっちゃったね」
 オキナが肩をすくめる。皮肉にも彼らは、ボーイが味方に手を出したとは夢にも思っていない様子であった。
「早くカエデを見つけて、事情を話したら帰ろうか……」
 オキナがフクに付いた埃を払う横で、シダレは黙ってそれを見ていた。
「……効率を上げるためにも、1旦別行動を取らないか」
 足音が近づいてくる中、慎重に提案する。
「そうだね……多勢に無勢だし、もし2人して捕まったりなんかしたら、意味ないしね」
 オキナが納得したように、首を縦に振った。
「見つけたぞ!」
 通路奥から、シダレたちを指差すイカたち。しかし、すぐそばには複数の分岐点があった。
「じゃ、また後で!」
 オキナがそう言うと、手前の角を右へ曲がる。シダレもそちらに背を向けると、奥の左側の通路に向かって走り出した。
 それから暫くは、金属質の地面を選んで通った。撃ったインクが相手の手がかりになる以上、使用はできないシダレにとっては、比較的好都合だった。
「アオイさんは、何だって?」
「分からない……きっと作戦の途中だから、知らないんだと思う…………」
 壁越しにそんな話が聞こえてきた。
 リーダー、そして『アオイ』という名。これをクロサメたちが多用している辺り、それが同1の人物を指し示していることは明白だ。そして、彼らのリーダーが作戦に赴いているということは――――。
「リスポーンデバイス、か……」
 現状を知らない者なら、説明すれば伝わるかもしれない。とはいえ、あのようなインクを部下に使わせている以上、その可能性が高いとは決して言えなかったが。
 何より……シダレは自身の中にある1つの仮説を、確かめておきたかった。

 その場所へ着いた時、バトロイカの者は誰1人として残っていなかった。
 
初めに出会ったクロサメの団員たちがダイナモローラー使いにやられた時と、さして変わらない景色。しかし、シダレはこの日において、その時ほど戦慄したことはなかっただろう。

 リスポーンデバイスに、1人の少女が立っている。黄緑色のアタマをしたその姿は、ハッキリし過ぎる程に覚えていて。

「カエデ」

 思わず、口に出して呼んだ。しかし、彼女は振り返らない。

「カエデ!」

 聞こえているはずだ。しかし、彼女は1向に、背を向けたままだった。

 ふと、ダイナモローラー使いの見せた動きと、その姿が重なる。

 彼らの言うリーダーは、やはり…………。



 本音を言えば、心の何処かで分かっていた。




「……アオイ」
 小さく漏れた言葉に、少女が振り向いた。
「あぁ、誰かと思えば……」
 クロサメのリーダー――――アオイが、満月の下で笑う。それは間違いなく、シダレの知っている、カエデのものだった。

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