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EPISODE:13

 あの日以来、俺は彼女の……チームの全てを忘れ去ったつもりでいた。

 しかし、それは全て「つもり」でしかなかった。

 先日の作戦で、はっきりと感じたのだ。

 俺は彼女を殺すことなどできないと。

「────結果として、この組織の存在を矛盾のものとしてしまった……またしても、自身の手で」
 シダレはそこまでいうと、手にあったでんせつのぼうしを被った。
「ハコフグ倉庫、及びモンガラキャンプ場争奪戦から今日まで……俺は記憶すら曖昧なまま、過ごしてきた」
 若干俯いたまま、誰の目を見ることもなく淡々と話す。
「今でも自身が何をすればいいのか、分からずにいる。…………2度も失敗したのだ。……リーダーとして、意志を貫く者として」
 1瞬、左手に力が籠るが、すぐに解いて、周囲を見た。
「……今後について、俺はリーダーの座をを下りる用意もできている。判断は……皆で決めるといい」
 それだけ言うと、シダレはその場を立ち去ろうとした。
「……勝手だな」
 踵を返したシダレの背に、そんな言葉が投げかけられた。
「…………どういう意味だ」
「どうって、そのまんまだよ。ただの我が儘だなって」
 そう言ったのはハラグロラグランを着たボーイ────アーテルだった。
「確かに、突然話し始めたと思ったら、リーダー辞めるみたいなこと言い出して……それで、何になるんだ?」
 続けて、エゾッコパーカーアズキを着た男装ガール────アイスキューブが小首を傾げた。
「寧ろ辞めちゃったら、本当に終わっちゃわない? クロサメ止めたいって言ってたのにそれも矛盾しちゃうじゃん。余計お笑い草だって」
「ま、まぁまぁ……でも、そうだよね。これじゃあんまりっていうか…………」
 アイスキューブをなだめながら、ウィンターボンボンを被ったボーイ────ライが呟いた。
「……何が言いたい」
 シダレは目を細めた。
「つまりね……リーダー辞めるつもりなら、それこそ迷惑だから止めて頂戴ってこと。突然そんなこと言われてリーダー代わったとしても、立て直すことなんて今更無理だし、かと言ってシロツキが存続してくれなきゃ、こっちも困るのよ」
 マルベッコーを掛けたガール────エリダが腕を組んだ。
「てことで辞めるのは無し。でないとあなた、1生恨まれっぱなしよ」
「その場合、組織の存在意義が────」
「お堅いわね、相変わらず」
 反論しかけたシダレに対して、スタジャンロゴマシを着たガール────ミドナが口を挟んできた。
「どうであれ、現状はあなたがリーダー、多分これからもそうなのよ。だったら、方針そのものを変えてしまえばいいじゃない。この組織はあなたの意志の下に構築された。だったら改変することだって可能じゃないかしら」
「仮に、改変した後の組織が気に入らなければ、抜ければいいだけの話だしの。もっとも、前から組織の方針に従わないものもいたからのう……それは杞憂かもしれんな」
ミドナに合わせるようにして、イカリスウェットを着たガール────すずらんが微笑んで言った。
「そもそもこの話が始まった時点で、わしらはおぬしの本心が聞けると思っていたからのう……今更、隠すことなどないじゃろ」
多くの眼差しが、シダレに注がれた。
 小さな声と共に、裾が引かれる感覚がした。シダレは正面を見続けていたが、僅かに頷く。
 その瞬間、何かが吹っ切れたように感じた。
「もう1度聞かせて欲しい……あなたが、何をこの組織の目的とするのかを!」
シダレはその言葉を聞いた後、ゆっくりと瞼を下ろした。

 かつては彼女を連れ戻すことばかりを考え、そして1度諦めてしまった。

 それでも、忘れられないのだ。

 イカスツリー下で、彼女と拳を合わせたあの日。

 それからの日々を…………。

 これは「取り戻す」ための戦争であり、ここにあるのはそれを掲げた組織だ。

 では今……何を取り戻そうと願うのか。

 その答えは簡単だが、口にすればとても脆いものに聞こえるだろう。

 しかし…………今のシダレには、それしか残っていなかった。

「理想が理想でしかないことは、既に分かりきっている。……話し合いで事が済むなら、戦う意味もなかったはずだ」
 目を閉じたまま、1つ、また1つと拾い上げていく。手で探るようにして。
 ふと、暖かいものに触れた気がした。
「その事を理解した上で、それでも許されるのならば、俺は…………彼女を、クロサメの者たちを、救いたい。できる限り、多く」
 それまでずっと、彼女らという過去を恐れていたのだ。だからこそ、消そうとし続けた。
だが……ここにいる者たちは皆、未来を求め、戦っている。否、それは極論、誰にも当てはまることだ……例え、敵であっても。
 ようやく、鎖が交わったように思えた。
シダレは目を開き、周囲を見渡す。
「……これで、本当にいいのだろうか」
 口から漏れたのは、素朴な疑問だった。
「それは、これから分かっていくこと。当然、今まで好き勝手やってた人は、これからも同じようにするだろうし、君の新たな意志に反対する者もいると思う。けどね……」
 誰かが話し始める。
「これからは、君が1人で成し遂げられなかったことが、ひょっとしたらできるようになるかもしれない。それは他の誰にでも言えることだよ。今回の決断は……仲間として再認識するためには、欠かせないものになったはずだから」
 もしかしたら、声はシダレのアタマの中に響いていただけなのかもしれない。遠い思い出、桃色の姿。しかし、それでも……シロツキの者たちに笑顔が見られた事実は、覆らなかった。
「やっぱりそうだよねぇ……てかそれ、シロツキの活動方針にちゃんと書いてあるし。結局何も違反とかしてないじゃん!」
 その声で、広間が笑いに包まれた。
「でも……そうと決めたら今度こそ貫いてよね、リーダー!」
 不意に、大声で呼びかけられた。その時、つられてしまったのかもしれない。シダレの口の端が僅かに上がった。
「分かっている。……話は以上だ、解散!」
談笑の中、シダレはヒメリの方を振り向く。
「ヒメリ……すまない。ずっと、あの日のことを黙っていて」
しかし、ヒメリが首を横に振る。
「いいの。分かっていたから」
ヒメリが微笑んだ。
「それよりも、嬉しかった。カエデのこと、ちゃんと覚えていてくれたから」
ヒメリが手を取る。シダレは空いた手で、ヒメリのアタマに触れた。
「少し休む。お前の言う通り……救護室でな」
そっと離れると、部屋のある方へと歩き出す。
「お兄ちゃん」
「何だ」
すぐ後ろのヒメリが、眩しい笑顔でこう言った。
「……何でもない」
拠点内に入り込んだ日差しが、2人を照らしていた。

「彼、寝ちゃったわよ。よっぽど疲れが溜まっていたみたい」
イカンカンクラシックを被ったミントグリーンのガール────ワコが救護室から出てくると、ヒメリにそう告げた。
「また夜頃にでも来て頂戴。あまり長く睡眠は取らないだろうから……」
「いいえ。今晩中は大丈夫ですよ」
ヒメリは驚く様子のワコに、ふふっと笑いかける。
「お兄ちゃんは今こそあんな感じですけど、本当は寝ぼすけさんですから。きっと、明日の昼頃までは起きてきません」
壁に寄りかかったまま、救護室の方へ目をやる。そこから僅かに、中の様子が窺えた。
「そういえばヒメリさんはその呼び方でいいのかの? 前まで『シダレ様』と呼べ、と言われていたそうじゃが……」
白シャツを来た緑のガール────チヨが隣で首を傾げた。
「ええ。根拠はありませんが……おそらく、です」
だって、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから。ヒメリはそこまで言いかけて、呑み込んだ。
「なるほど……。しかし、リーダーもリーダーじゃが……ヒメリさんもヒメリさんじゃな」
「えっ……!? 何がです?」
当惑している間に、チヨとワコが顔を見合わせてニヤッと笑った。
「さぁ、何のことかしらね。お兄さんが目を覚ました後にでも、2人で1緒に考えなさいな」
ワコが意地悪そうにそう言うと、手を振って救護室へと入っていく。ヒメリはどうしてか、顔が熱くなってそのまま俯いてしまった。

ヒメリの予想通り、シダレが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。
「今日は私がみんなに作戦を伝えたから、救護室にいても大丈夫だって言ったのに……」
ヒメリは頬を膨らませつつ、シロツキの団員と話しているシダレの方を見た。
「彼らなら対話しても問題ないだろう。比較的温厚な性格をしている」
「え!? でも……リーダーはそれでいいんですか……?」
「条件として、危険と判断したら応戦、または退避。過度な介入はチーム全体の危機にもなる」
口では厳しそうなことを言う兄とは裏腹に、団員たちはとても嬉しそうな表情でお互いに見合わせた。
「以上だ。作戦準備を怠るな」
「は、はい……! ありがとうございます!!」
団員たちがその場から去った後、シダレがヒメリの方へと戻ってきた。
「お前は行かなくていいのか」
資料室へと向かう道中、シダレが問うた。
「そ、それが……本当はそのはずだったんだけど、作戦ごとに誰かしらが私の代わりに入るって言って聞かなくて……」
ヒメリは気まずそうに指先を合わせる。シダレが若干首を傾げた。
「でも折角時間があるんだし、今日はお菓子でも作って帰ってきた人たちに配ろうかな……あと、昨日救護室前で────」
「いや、お前の料理は……あぁ、資料の整理と事務は山ほどあるぞ」
突然、シダレが速歩になる。ヒメリはついて行くのに精1杯で、質問しようとしていたはずの内容など忘れてしまった。


その後約1ヶ月強、シロツキは新体制でクロサメとの戦いに挑み続けたのだった。


 

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